第16話 水着選び
二回目の定期テスト、私は中学時代も含めて、初めて学年で三十位以内に入ることができた。
自分でも驚いたけど、ご褒美制度を設定してから、はっきりと集中力が増した自覚はあった。
やることを終わらせれば、気兼ねなく澪と触れ合える——。
そう思うと、いくらでも頑張れた。
昨日——テストが返された日の放課後も、開放感から気づけばいつも以上に触れ合ってしまっていた。
(まあ、テスト期間全体のご褒美よ)
そう無理やり自分を納得させる。
その後、夏休みの予定を話し合い、海に行くことになったので、現在は大型のショッピングモールにやってきているところだ。
主な目的は水着を購入するためだが、その前に、カフェで悠先輩の恋愛相談をしていた。
先輩はちょっと怖気付いていたけど、話を聞く限り、神崎君との仲は良好そうだ。近いうちに吉報が届くかもしれない。
「それで——白石君との関係、ぎこちなくなってない?」
ストローをくるくる回しながら、悠先輩が探るような視線を向けてくる。
神崎君の話が一段落した今、その話題が来るのはわかっていた。以前、本番が怖くなってしまったとき、相談していたのだ。
「大丈夫です。今は、ちゃんと……」
言いながら、昨日のことが一瞬よぎって、喉の奥がひゅっとなる。
(っ……ちょっと落ち着きなさい、私)
自分に言い聞かせるけど、頬がじんわりと熱くなるのは止められなかった。
悠先輩がニヤリとイタズラっぽく笑う。
「ふーん? もしかして、けっこう進んじゃってたりして?」
「な、なに言ってるんですかっ⁉︎」
慌てて身を乗り出すと、先輩は軽く肩をすくめる。
「別に隠さなくていいじゃん。私は一通り経験してるし、アドバイスもできるよ? ——実体験つきで」
「なっ……!」
さすがに照れて言葉が詰まった。
でも、たしかに経験者からのアドバイスって、貴重かもしれない。
「……最近、その……してます。手と、口で」
赤面しながらも、なんとか言葉を絞り出す。
悠先輩は表情ひとつ変えずに、うんうんとうなずいた。
「白石君は喜んでる?」
「……すごく、嬉しそうにしてくれてます。だから、そこはよかったんですけど……」
視線を伏せる。
「どうしたの? なにか不安?」
「その……本番を我慢させてるのって、やっぱりひどいのかなって。澪は優しいから言わないだけで、本当は焦れてたりするかもって、最近思ってて……」
気づけば、ぽつぽつと弱音をこぼしていた。
先輩は一瞬だけ目を細めて、それから真面目な声で問いかけてきた。
「まだ怖い?」
「……正直、怖いです。でも、前よりはずっと……。それに、関係を進めたいって気持ちも、ちゃんとあるんです」
私がそう言うと、悠先輩は「——よしっ!」と手を打った。
そして立ち上がりながら、にかっと笑う。
「じゃあ、今回の海を、二人の関係を進めるターニングポイントにしちゃおっか!」
「へっ……?」
口がぽかんと開いたまま、私は先輩に引っ張られて席を立たされた。
(た、ターニングポイントって……そういう意味……⁉︎)
◇ ◇ ◇
「これとか、いいんじゃない?」
「そ、それはさすがに……っ」
悠先輩が手にしていたのは、黒のオフショルダー。
華奢な肩をきれいに見せるデザインで、細身のボトムスが腰のラインをやたらと引き立てていた。
「ふふ、悩殺力は折り紙付きだよ? ほら」
先輩が、にやにやと笑いながら水着を私のほうへ差し出してくる。
「わ、私、別に……そういう、悩殺なんて、する気ありませんし!」
「じゃあ夏希は、どういうのがいいと思ってたの?」
「え、えっと、こういうのとか……」
指さしたのは、爽やかな水色のビキニ。
フリルの付いたシンプルなデザインで、海らしさもありつつ、肌の露出も控えめだ。
「うんうん、それも可愛いよね。絶対似合うよ。でも——」
先輩はうなずいてから、黒の水着を手に取って、意味深な笑みを浮かべた。
「白石君を本気でオトしにいくなら、こっちだと思うな」
「っ……!」
言われてみれば、そういう見方もある。
(で、でも……っ)
「やっぱり、これは無理です!」
私は黒の水着を悠先輩に押し付け、水色のビキニを手に取った。
(まだ高一なんだし、こういうかわいい感じので十分なはずよ……)
——そう、思っていたのに。
◇ ◇ ◇
「買ってしまった……」
紙袋を抱きかかえ、家のベッドでため息を吐く。
『念の為だよ。別に着なくてもいいんだし』
そんな悪魔の囁きに乗せられて、気づけば店員さんの前に、二つの水着を並べていた。
(べ、別に二つ買うのは変じゃないし……)
自分に言い訳するように、頭の中で必死に言葉を並べる。
たとえば、プールにだって行くかもしれないし。
どっちを着るかは、ちゃんと考えてから決めればいいだけで——。
(……うう、それにしても……)
悩殺という言葉が、どうしても頭から離れなかった。
(澪、どんな顔をするのかしら……)
その想像だけで、顔から火が出そうになる。
「っ……~~っ!」
思わず、首をぶんぶんと振っていた。
(悠先輩のせいなんだから……!)
そう心の中で責任転嫁してみるけど、心臓の鼓動は一向に収まってくれなかった。
——夜。
誰もいない部屋の中、私は黒の水着を前に立ち尽くしていた。
(……試してみるだけ。着てみて、それから考える)
パジャマを脱いで、そっとウエストを通していく。
冷たい布が肌に触れるたびに、心臓の音がうるさくなっていく。
最後に、肩を通して鏡を見た瞬間——。
「っ……」
言葉が出なかった。
鏡に映る自分は、どこか見慣れない女の子で。
(これ、私なの……?)
肩も腰も、変にあらわになっていて——。
布越しに、そっと胸元に触れてみる。
「っ……」
自分で触れただけなのに、鼓動が跳ねて、すぐに手を引っ込めた。
——関係、進めたいって思ってるくせに。
心の奥で、誰かがつぶやいた。
——だったら、ちゃんと覚悟決めなさいよ。
鏡の中の自分に、そう言われた気がして。
私は思わず、小さくつぶやいた。
「……こっちでも、いいかも」
ほんの少しだけ笑ってみせる。
誰にも見られていないことをいいことに、気持ちが少し浮かれているのが、自分でもわかった。
澪は、どんな反応をしてくれるのだろう——。
胸が高鳴る。
私はどこかふわふわした気持ちのまま、眠りについた。
そして、翌朝。
「——無理っ!」
起きてすぐ、袋から黒の水着を引っ張り出して、鏡の前にかざしてみた。
「やっぱりこれは無理……絶対無理……!」
顔が真っ赤になる。
(昨晩の私、何考えてたのよ……!)
しかも、今日は海。
私たちだけじゃなく、周りには他の人もいっぱいいるに決まってる。
「いや、別に二人きりならいいってわけじゃないけどっ! でも、さすがにこれは……っ」
ごちゃごちゃ言い訳をしながら、私は水色のビキニを袋から取り出した。
落ち着いたトーンの、水に溶けるようなブルー。
昨日の夜とは違って、今の私には、こっちのほうがしっくりきた。
(これなら……まだ、見せられる)
鏡に映った自分の姿に、小さくうなずいた。
(……かわいいって、言ってくれるかしら)
その想像だけで、もう一度、頬が熱くなった。
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