第13話 触れたい
澪の部屋の空気は、彼らしく落ち着いていて。
けれど今の私は、とても落ち着いてなんていられなかった。
(なんなのかしら……)
ベッドではなく、デスク前の椅子をすすめられたのは、ちょっと安心した。
私が腰を下ろすと、澪は正面に立ち、どこか覚悟を決めたような顔をしていた。
——そして、彼は一ヶ月記念として、ブレスレットを贈ってくれた。
「本当は明後日だけど、放課後練もあるだろ? だったら時間ある今日がいいなって思ったのと、一週間記念の分まで驚かせたくてさ」
照れくさそうに説明する澪を前に、胸がいっぱいになる。
覚えててくれただけじゃなくて、私を喜ばせるために色々考えてくれて。
——嬉しくないわけがなかった。
気づいたときには、涙がこぼれていた。
澪が驚いたようにこちらへ駆け寄ってくる。
「な、夏希?」
そう呼ぶ声が、どこか焦っていて、心配に満ちていて。
肩に添えられた手が、そっと優しく私を包んだ。
「やっぱり、前倒しは嫌だったか? ごめん、俺、勝手に——」
「っばか!」
勝手に勘違いをして謝ってくる澪に、私はそう叫んでいた。
なおも謝ろうとする彼に、私は羞恥心をかなぐり捨てて、素直な気持ちをぶつけた。
「——嬉しいに決まってるでしょ!」
「……えっ? い、今、嬉しいって……」
澪が戸惑いながら問い返してくる。
私はうつむいたまま、少しだけ声を落として答えた。
「だって……澪が、私のために頑張ってくれたんだから」
「あっ……」
澪が何かに気づいたような声を出して、優しく包み込んでくれた。
強すぎず、でも逃げ場のないほど、優しい腕。
「……ありがとう」
耳元でこぼされたその言葉に、私は顔を埋めた。
「なんであんたがお礼を言うのよ……ばか」
ぎゅっと目を閉じる。
澪の胸を借りて少しだけ泣いたあと、私はブレスレットを差し出した。
「……ねえ、澪。これ、つけてくれる?」
「っ……もちろん」
驚いたような顔をしたあと、澪は微笑みながらうなずいてくれた。
金具を留める指先が、かすかに震えていた。
(本当、可愛いわね)
少しだけ、意地悪な気持ちになる。
「ちょっとは自信つけたみたいだけど、澪もまだまだね。サプライズをしてくれて、嫌がるわけないじゃない。私、そんなにわがままじゃないわよ?」
「うっ……ごめん」
うつむいた澪の横顔が愛おしくて、私は指先でブレスレットをなぞった。
「でも、嬉しかったのは本当だから……ありがと」
言葉と一緒に笑みをこぼすと、澪も照れたように笑い返してくれて。
私を抱き寄せると、覗き込むように唇を重ねてきた。
「っ……」
流れるような動作だったから、ちょっと驚いたけど、幸せの味を拒む理由なんてない。
むしろ——
(もっと、したい)
ねだるように目を閉じると、望み通り、澪は何度もキスをしてくれた。
唇を離してからも、愛おしそうにこちらを見つめてくれる。
きっと、こんなに私のことを一生懸命考えて、喜ばせようとしてくれる人なんて他にいない。
これからもずっと一緒にいたいと思ったし、この人を離しちゃいけないと思った。——だからだろうか。
(もっと、澪に触れたい……)
これまではふわふわしていたその想いが、明確に形取って私の胸を支配した。
その先をはっきり思い描いたわけじゃないけれど、それでも心が澪を求めていた。
抱きしめられるほど密着していれば、自ずと男の子の変化はわかるものだ。
だから、澪の理性のタガが外れるのを承知で、あえてくすぐるように煽った。
「澪はまだまだヘタレだけど……体は、そうでもないみたいね」
「っ……!」
照れてくれる澪が、たまらなく愛おしかった。
もう、止まれなかった。
「それで……自信をつけた澪は、どうするの?」
「——夏希っ」
澪は耐えきれないように唇を重ねてきた。
いつものように気遣いのこもった優しいキスではなくて、熱がそのまま伝わってくる、荒々しい口づけだった。
でも、全然イヤじゃなかった。
むしろ、心臓の鼓動が跳ね上がって、身体の奥がキュッと締めつけられる。
(こんなに、求めてくれてるんだっ……)
その事実が、嬉しかった。「待って」なんて言葉が口をついて出たけれど、本気で止めるつもりはなかった。
舌を絡めてきたときは驚いたけど、澪に全部を包まれているような感覚に、思わず身を委ねてしまう。
(澪に、支配されちゃってるみたい……)
そう思ったら、なんだか胸が苦しくなって——でも、気持ちよかった。
触れられるたびに、身体の力が抜けていった。
胸元に手が滑り込んできたときには、もう頭が真っ白になりかけていた。
体の奥がジンジンして、声も漏れてしまっていたと思う。
けれど、澪の手がそのまま下へ伸びていった瞬間、ふいに怖さがこみ上げた。
「待って……」
それは、先程までの形式的なものとは違う、本気の懇願だった。
澪も声色の違いに気づいたのだろう。すぐに手を止め、申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「あっ、ご、ごめん! 嫌だったよな——」
「い、いえ、そうじゃなくてっ」
誤解されてることに気づき、私は慌てて首を振った。
「嫌じゃないけど、その……。ふ、深いキスをしたのも初めてだし、この先はまだちょっと怖い……っ」
自分から煽ったくせに、こんなことを言うのはずるいと思った。
でも、澪は私を責めることなんてしなかった。
それどころか、謝罪の言葉とともに、安心させるように抱きしめてくれた。
「ごめんな、怖い思いさせて……。俺、焦ってた」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がじんわりとあたたかくなった。
私のことを一番に考えてくれるその優しささが、すごく嬉しかった。
——だから、自分ができる限りのことをするのは当然だと思った。
それに、興味もあった。気持ちよくさせられるか不安ではあったけど、澪ならば嫌ではなかった。
「初めてだから、上手くできないと思うけど……私も、一歩ずつ進んでいきたいって、思ってるから」
私は手を伸ばして、彼にそっと触れた。
すべてが終わるころには、澪はどこかスッキリとした顔をしていた。
「夏希、ありがとう……。その、めっちゃ良かったです」
「なんで敬語なのよ」
はにかむ澪に、私も思わず笑ってしまう。
(かわいかったな……)
彼の切なそうな表情を思い返して、思わず微笑んでしまう。
そういう気持ちにならないわけじゃないけど、それ以上に無事に導けてよかったし、自分のことが少し誇らしかった。
(男の人は賢者タイムがあるっていうし……これで終わりよね)
そうひと安心していると——、
「じゃあ、俺もお返しするよ」
「わ、私は大丈夫よ」
最初は恥ずかしくて断ったけど、真剣な表情と少し悲しそうな瞳を前にして、拒否し続けることなどできなかった。
お返しも何もないとは思ったが、そういう真面目さも澪の魅力なのだろう。
けど、やっぱりそこを触られるのは怖かった。
澪のことは信じてる。でも、想像するだけで身体がビクッと震えてしまう。怖いなんて、思ってないのに。
(澪がこんなに真剣で、優しくしてくれるんだもの。私だって、応えたい……っ)
そう思っていると、澪が太ももから手を離して、ふわりと唇を重ねてきた。
大丈夫、大丈夫——。
そう囁きながら、先程の荒々しいものとは違う、安心させるような口付けを何度もくれた。
気づけば、さっきまで張り詰めていた緊張が、少しずつ溶けていく。
(本当に、ずるい……)
あんなに怖かったのに、こんな大切に扱ってもらったら、安心しちゃうに決まってる。
「じゃあ……触るよ?」
そう問いかけられたとき、私は自然とうなずいていた。
それからのことは、よく覚えていない。
ただ、恥ずかしくて、くすぐったくて、でも心の奥があたたかくて——
澪の手の中で、私は静かに高ぶりの頂点へと導かれていった。
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