第1話 誕生日① —欲しかった言葉—
本作は、完結済みの拙作『幼馴染に「あんたのせいで彼氏ができない」と言われたため、距離を取ったら次の日から学校に来なくなった』のヒロイン・篠原 夏希視点のサイドストーリーとなります。
そちらを先に読んでいただくと、より深く楽しんでいただける内容となっておりますので、まだお読みでない方は下記のURLからぜひお読みください!
※以下、URLです。
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「夏希、誕生日おめでとう」
「おめでとう。もう十六歳か」
朝、リビングに降りると、両親から声をかけられた。
私は小さく微笑んで、簡単にお礼を返す。
「ありがとう」
サプライズパーティーに目を輝かせる年齢はもう過ぎたけれど、それでも今年の誕生日は特別だった。
なぜなら、幼馴染であり、彼氏の澪とデートに出かけることになっているからだ。
だから、いつもより少しだけ——いや、正直に言うなら、かなり気合を入れてオシャレをする。
(誕生日なんだから、これくらい当然よね。それに、彼氏にかわいく見られたいって思うのは、女として当たり前のはずだし)
鏡に映る自分をじっと見つめながら、心の中で言い訳めいた言葉を並べてみるが、ふと手が止まる。
(……ちゃんと、気づいてくれるかしら。いや、気づいても言わなそうよね)
「あいつ、ヘタレだもの」
そう口に出してみると、思わず頬が緩んでしまう。
(……って、なんて顔してるのよ)
鏡に映った自分の表情を見て、咄嗟に顔を背けた。
支度を終えて、玄関に向かうと、しっかりとセットしたはずなのに、姿見に向き合いながら前髪の微調整をしてしまう。
さらには化粧の濃さや唇の色まで気になってくるが、さすがにやり直す時間はない。
(ソワソワしすぎでしょ……)
自分に苦笑していると、インターホンが鳴った。
慌てて最終チェックをして、扉を開ける。
「夏希、おはよう」
そう言って微笑む澪は、いつもより少しだけ大人びていた。
(……オシャレ、してきてくれたんだ)
胸がじんわりと温かくなる。
「お、おはよう」
なるべくいつも通りの声を出そうとしたけれど、少しだけ上ずってしまった。
澪は視線を泳がせたあと、こちらをまっすぐ見つめて、少し照れくさそうに言った。
「誕生日、おめでとう。えっと、その……かわいいよ」
「なっ……⁉︎」
最後に付け足されたその一言に、心臓が跳ね上がる。
(か、かわいいって……!)
でも、すぐに顔に出すわけにはいかない。
「そ、そう? ありがと……でも、これくらい当然でしょ。誕生日なんだから」
ちょっとだけ強がってみる。
けれど、内心ではとっくに舞い上がってしまっていた。だって、その一言がほしくて頑張ったのだから。
(ヘタレなかった澪には、しっかりとお返しをしてあげるべきよね)
私は唇をグッと噛み——、
「その、澪も……か、格好いいわよ」
「えっ……」
澪は驚いたように目を丸くしたあと、耳まで赤くなった。
(格好いいんだから、もっと堂々とすればいいのに……)
そう思いながらも、その反応がなんだか嬉しい。
咳払いで誤魔化す彼に、思わず頬がゆるむ。
「じゃ、じゃあ、行こうか」
そう言って歩き出しながら、彼は自然な仕草で私の手を取った。
「っ——」
びくっと肩が跳ねる。
(なによ、スマートじゃない……っ)
胸の奥から湧き上がる熱に突き動かされ、ぎゅっと握り返してみた。
澪は驚いたように私を見たけれど、私はすぐに視線を逸らした。
それでも、彼は嬉しそうに微笑んでくれて——その顔に、また胸がきゅうっとなった。
(ほんと、ずるい……)
思わずため息を吐く。
けど、自然と口元が緩むのを、抑えることはできなかった。
◇ ◇ ◇
水族館では、手を繋いだまま、ゆっくりと展示を回った。
大きな水槽に泳ぐ魚たちを見たり、イルカショーを見上げたり。
特別なことはしないけど、それだけで十分だった。
(……隣に、澪がいるから)
人の少ないベンチに並んで座ったとき、ふとそんなことを思ってしまって、顔が熱くなる。
慌てて横目で澪を見ると、彼は緊張しているのか、顔が少しこわばっていた。
澪がバッグから取り出したのは、二つの弁当箱。
それぞれ、違う絵柄の風呂敷で丁寧に包まれている。
「……あんまり、美味しくないかもだけど」
ちょっと弱気な声で、澪は水色の桜模様の風呂敷を差し出してきた。
私はそれを受け取らずに、彼のおでこを人差し指で軽く小突いた。
「いたっ……! な、夏希?」
驚いた顔の彼に、私は指を突きつける。
「そういうの、禁止よ。もっと堂々と構えてなさい」
「あっ、うん……ごめん」
しゅんとする澪を見て、つい笑ってしまう。
「まぁ、普段はやっていないことだし、特別に許してあげるわ。でも——」
私は少しだけ表情を引き締めて続けた。
「言っておくけど、今日の私は厳しいわよ? 誕生日なんだから」
「勘弁してくれ……」
澪は困ったように笑うけど、どこか嬉しそうで、私の胸もふわりと温かくなる。
内心のワクワクを悟られないように、ゆっくりと風呂敷をほどいていくと——
「わっ……」
思わず声が漏れた。
開けたお弁当の中には、男子高校生が作ったとは思えないほど、色とりどりのおかずが丁寧に詰められている。
「けっこう凝ってるじゃない。……じゃあ、いただきます」
「あ、あぁ」
一口、そっと食べてみる。
(なによ。ちゃんと美味しいじゃない)
自然と口角が上がってしまう。
「……美味しいわよ。ありがと」
「っ……良かった」
恥ずかしくて素っ気ない感想になってしまったけど、澪は安堵したように笑ってくれた。
それから、彼は照れくさそうに頬を掻いた。
「実は、ちょっとだけ母さんに手伝ってもらったんだけど」
「別にいいじゃない」
そんなふうに笑い合っていたとき——ふと、隣のカップルが目に入る。
彼氏が、彼女に「アーン」と食べさせていた。
(……っ⁉︎)
それだけで、なぜか自分が同じことをされたところを想像してしまって、顔が一気に熱くなる。
「夏希? どうした?」
澪が不思議そうに、顔を覗き込んでくる。
「な、なんでもないからっ!」
慌ててそっぽを向いたけれど、彼もすぐに気づいたみたいだった。
視線の先を追い、同じカップルを見て——途端に頬を染めた。
「……」
「……」
気まずい空気が流れた、そのとき——
澪が、お弁当から卵焼きを摘まんで、そっと差し出してきた。
「ほ、ほら、夏希」
「えっ?」
「一個一個、味付け違うかもだからっ……」
澪の言い訳がましい声は、震えていた。
(な、なに言ってんのよ……!)
訳のわからない理由だ。
そう思いながらも、私は気づけば、小さく口を開いていた。
(なんで、私……っ)
恥ずかしさに耐えきれず、そっと唇を噛んでうつむく。
そんな沈黙を破るように、澪がおずおずと尋ねてきた。
「あ、味……どうだった?」
「……あ、甘かったんじゃないかしら」
正直、味なんてわかるはずがなかった。
(ほんと、なにやってるのかしら……)
自分たちに呆れてしまう。けど——
こんな時間がずっと続けばいいな、なんて思ってしまうくらいには、幸せだった。
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