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第1話 誕生日① —欲しかった言葉—

本作は、完結済みの拙作『幼馴染に「あんたのせいで彼氏ができない」と言われたため、距離を取ったら次の日から学校に来なくなった』のヒロイン・篠原しのはら 夏希なつき視点のサイドストーリーとなります。

そちらを先に読んでいただくと、より深く楽しんでいただける内容となっておりますので、まだお読みでない方は下記のURLからぜひお読みください!


※以下、URLです。


https://ncode.syosetu.com/n9127jr/

夏希(なつき)、誕生日おめでとう」

「おめでとう。もう十六歳か」


 朝、リビングに降りると、両親から声をかけられた。

 私は小さく微笑んで、簡単にお礼を返す。


「ありがとう」


 サプライズパーティーに目を輝かせる年齢はもう過ぎたけれど、それでも今年の誕生日は特別だった。

 なぜなら、幼馴染であり、彼氏の(れい)とデートに出かけることになっているからだ。


 だから、いつもより少しだけ——いや、正直に言うなら、かなり気合を入れてオシャレをする。


(誕生日なんだから、これくらい当然よね。それに、彼氏にかわいく見られたいって思うのは、女として当たり前のはずだし)


 鏡に映る自分をじっと見つめながら、心の中で言い訳めいた言葉を並べてみるが、ふと手が止まる。


(……ちゃんと、気づいてくれるかしら。いや、気づいても言わなそうよね)


「あいつ、ヘタレだもの」


 そう口に出してみると、思わず頬が緩んでしまう。


(……って、なんて顔してるのよ)


 鏡に映った自分の表情を見て、咄嗟に顔を背けた。


 支度を終えて、玄関に向かうと、しっかりとセットしたはずなのに、姿見に向き合いながら前髪の微調整をしてしまう。

 さらには化粧の濃さや唇の色まで気になってくるが、さすがにやり直す時間はない。


(ソワソワしすぎでしょ……)


 自分に苦笑していると、インターホンが鳴った。

 慌てて最終チェックをして、扉を開ける。


「夏希、おはよう」


 そう言って微笑む澪は、いつもより少しだけ大人びていた。


(……オシャレ、してきてくれたんだ)


 胸がじんわりと温かくなる。


「お、おはよう」


 なるべくいつも通りの声を出そうとしたけれど、少しだけ上ずってしまった。

 澪は視線を泳がせたあと、こちらをまっすぐ見つめて、少し照れくさそうに言った。


「誕生日、おめでとう。えっと、その……かわいいよ」

「なっ……⁉︎」


 最後に付け足されたその一言に、心臓が跳ね上がる。


(か、かわいいって……!)


 でも、すぐに顔に出すわけにはいかない。


「そ、そう? ありがと……でも、これくらい当然でしょ。誕生日なんだから」


 ちょっとだけ強がってみる。

 けれど、内心ではとっくに舞い上がってしまっていた。だって、その一言がほしくて頑張ったのだから。


(ヘタレなかった澪には、しっかりとお返しをしてあげるべきよね)


 私は唇をグッと噛み——、


「その、澪も……か、格好いいわよ」

「えっ……」


 澪は驚いたように目を丸くしたあと、耳まで赤くなった。


(格好いいんだから、もっと堂々とすればいいのに……)


 そう思いながらも、その反応がなんだか嬉しい。

 咳払いで誤魔化す彼に、思わず頬がゆるむ。


「じゃ、じゃあ、行こうか」


 そう言って歩き出しながら、彼は自然な仕草で私の手を取った。


「っ——」


 びくっと肩が跳ねる。


(なによ、スマートじゃない……っ)


 胸の奥から湧き上がる熱に突き動かされ、ぎゅっと握り返してみた。

 澪は驚いたように私を見たけれど、私はすぐに視線を逸らした。

 それでも、彼は嬉しそうに微笑んでくれて——その顔に、また胸がきゅうっとなった。


(ほんと、ずるい……)


 思わずため息を吐く。

 けど、自然と口元が緩むのを、抑えることはできなかった。




◇ ◇ ◇


 


 水族館では、手を繋いだまま、ゆっくりと展示を回った。

 大きな水槽に泳ぐ魚たちを見たり、イルカショーを見上げたり。

 特別なことはしないけど、それだけで十分だった。


(……隣に、澪がいるから)


 人の少ないベンチに並んで座ったとき、ふとそんなことを思ってしまって、顔が熱くなる。

 慌てて横目で澪を見ると、彼は緊張しているのか、顔が少しこわばっていた。


 澪がバッグから取り出したのは、二つの弁当箱。

 それぞれ、違う絵柄の風呂敷で丁寧に包まれている。


「……あんまり、美味しくないかもだけど」


 ちょっと弱気な声で、澪は水色の桜模様の風呂敷を差し出してきた。

 私はそれを受け取らずに、彼のおでこを人差し指で軽く小突いた。


「いたっ……! な、夏希?」


 驚いた顔の彼に、私は指を突きつける。


「そういうの、禁止よ。もっと堂々と構えてなさい」

「あっ、うん……ごめん」


 しゅんとする澪を見て、つい笑ってしまう。


「まぁ、普段はやっていないことだし、特別に許してあげるわ。でも——」


 私は少しだけ表情を引き締めて続けた。


「言っておくけど、今日の私は厳しいわよ? 誕生日なんだから」

「勘弁してくれ……」


 澪は困ったように笑うけど、どこか嬉しそうで、私の胸もふわりと温かくなる。

 内心のワクワクを悟られないように、ゆっくりと風呂敷をほどいていくと——


「わっ……」


 思わず声が漏れた。

 開けたお弁当の中には、男子高校生が作ったとは思えないほど、色とりどりのおかずが丁寧に詰められている。


「けっこう凝ってるじゃない。……じゃあ、いただきます」

「あ、あぁ」


 一口、そっと食べてみる。


(なによ。ちゃんと美味しいじゃない)


 自然と口角が上がってしまう。


「……美味しいわよ。ありがと」

「っ……良かった」


 恥ずかしくて素っ気ない感想になってしまったけど、澪は安堵したように笑ってくれた。

 それから、彼は照れくさそうに頬を掻いた。


「実は、ちょっとだけ母さんに手伝ってもらったんだけど」

「別にいいじゃない」


 そんなふうに笑い合っていたとき——ふと、隣のカップルが目に入る。

 彼氏が、彼女に「アーン」と食べさせていた。


(……っ⁉︎)


 それだけで、なぜか自分が同じことをされたところを想像してしまって、顔が一気に熱くなる。


「夏希? どうした?」


 澪が不思議そうに、顔を覗き込んでくる。


「な、なんでもないからっ!」


 慌ててそっぽを向いたけれど、彼もすぐに気づいたみたいだった。

 視線の先を追い、同じカップルを見て——途端に頬を染めた。


「……」

「……」


 気まずい空気が流れた、そのとき——

 澪が、お弁当から卵焼きを摘まんで、そっと差し出してきた。


「ほ、ほら、夏希」

「えっ?」

「一個一個、味付け違うかもだからっ……」


 澪の言い訳がましい声は、震えていた。


(な、なに言ってんのよ……!)


 訳のわからない理由だ。

 そう思いながらも、私は気づけば、小さく口を開いていた。


(なんで、私……っ)


 恥ずかしさに耐えきれず、そっと唇を噛んでうつむく。

 そんな沈黙を破るように、澪がおずおずと尋ねてきた。


「あ、味……どうだった?」

「……あ、甘かったんじゃないかしら」


 正直、味なんてわかるはずがなかった。


(ほんと、なにやってるのかしら……)


 自分たちに呆れてしまう。けど——

 こんな時間がずっと続けばいいな、なんて思ってしまうくらいには、幸せだった。

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