第百四十一話 断捨離
山中幸盛は築五十八年になる家に一人で住んでいる。強雨の際には一階の建て増しした部分から雨漏りするし、一階と二階の床のあちこちが、ふにゃっと足型に沈んだりする。「北斗」平成二十六年四月号の『老朽家屋』に書いたごとく、この家はとうの昔から欠陥住宅なのだ。
近い将来に売り払い、それで得られた金を家賃に充ててアパート暮らしするつもりでいるのだが、雨漏りは原因が分かったから応急処置して漏らなくなったし、床もズボッと抜けたわけではないので、ずるずると今日まできてしまった。
そこに、建売住宅を探している幸盛の四男夫妻が、意にかなう物件が見つからないということで、
「この家を壊して、新しく建て替えようよ」
と提案してきた。幸盛は一瞬戸惑った。一人で自由気ままに暮らしてきた生活が一変するからだ。孫を保育園まで送迎する覚悟はできているが、柴犬を飼う予定と聞いて、その犬の散歩や糞の始末やらが幸盛の日課になりそうで気が重くなる。しかし、一人暮らしではボケが早まるだろうから、脳に刺激を与えることの方を選択することにした。
家の解体に着手するのは来年の春頃ということだから時間はたっぷりある。それまでにぼちぼち荷物を片づけ、一時住まいのアパートを探せばよいので気は楽だ。そこで思い浮かんできたのが「断捨離」という言葉だ。ネットで調べてみると次のようにある。(コトバンク、知恵蔵mini)
【モノへの執着を捨て不要なモノを減らすことにより、生活の質の向上・心の平穏・運気向上などを得ようとする考え方のこと。二〇〇九年刊行の『新・片づけ術「断捨離」』(やましたひでこ著、マガジンハウス)により提案された。断捨離はヨガの「断行・捨行・離行」から生まれた言葉で、「断」は入ってくる要らないモノを断つこと、「捨」は家にあるガラクタを捨てること、「離」はモノへの執着から離れることを表す。本書の刊行時から注目を浴び、一六年四月時点で、やましたの著書は累計三百万部を突破し、断捨離の公式メールマガジン登録者は八万二千人になっている。なお「断捨離」は、やましたひでこの登録商標となっている。】
ということで、最初に取りかかったのが本の処分だが、右の定義からすると、本はガラクタではないから「捨行」よりも「離行」ということになる。古本屋は引き取ってくれないと友人から聞いていたので、断腸の思いで書物をヒモでしばり、車で数分の場所に民間業者が資源コンテナを置いているから、その『雑誌』コンテナまで運んで投げ入れる。
幸盛の車はハッチバック式で、その荷台には釣り道具など相当な量が積み込めるのだが、そこに本をビッシリ積んで五回運んだ。総重量もさることながら、本の定価の総合計は随分な額になるだろうな、と下衆の勘ぐりだ。ただ、無造作にポイポイ投げ入れると回収業者が難儀するだろうから、コンテナが空になる日を調べて、手前から順になるべくお行儀良く積み重ねていった(今後どうしても読みたくなった本は、電子書籍版を買うと決めている)。
次に取り組んだのが、アルバムの写真整理だ。幸盛の四人の息子達の写真だけでも相当な量だし、その上、両親の若い頃の白黒写真から、幸盛妹弟の幼少期から結婚に至るまでの写真が、無駄に重いアルバムにドッサリ収めてある。
これをまず、息子達のアルバムから写真をはがして、それぞれの分に仕分けしていった。一人だけ写っている写真は問題ないのだが、二人、三人、家族で写っている場合は、幸盛の独断で適当に振り分けていった。
その上で四個のUSBメモリを用意して、それを四人の息子たちに渡すことにして、家のスキャナーでスキャンし、USBメモリに保存していった。つまり、『無駄にクソ重いアルバム』を『超軽量・超微小』にするという断捨離だ。
その作業だけでも相当な時間を要したが、幸盛の独身時代や妹、弟の分の写真も、無駄にクソ重いアルバムからベリベリはがしていって、妹と弟の分もスキャンしてそれぞれのUSBメモリに収めていった。
幸盛のキヤノン製スキャナーの場合、写真をハサミで切ってA4サイズのガラス面に五枚から七枚並べてオートスキャンのボタンを押すと、写真が自動的にそれぞれ個別にJPGファイルとして保存されるのには感動した。つまり、写真一枚ごとに一度スキャンするという気の遠くなる作業をしないで済んだということだ。ただ、ときどき個別に振り分けられず、写真を並べた状態そのままの一枚のPDFファイルとして保存されることがあったのはなぜだろう?
次に取り組んだのは大量の蒲団類で、昭和時代の重い蒲団も残されていた。蟹江町の環境課に電話で申し込めば、蒲団二枚をヒモでしばって五百円の『蟹江町粗大ごみ収集券』を貼り、指定された日の朝に家の前に出して置くと業者が回収するシステムだが、一度に五点しか申し込めないので、蒲団二十枚を二度に分けて取りに来てもらった。
さてさて、断捨離はまだ終わらない。幸盛の息子達がこの家を物置代わりにしてきたので彼らの荷物がどっさり残っているのだ(無修正エロビデオ・DVDを大量に発掘した)。これらを蟹江町指定の不燃ごみ袋、可燃ごみ袋、プラスチック類ごみ袋などに仕分けし、指定曜日の朝に指定場所まで運ぶ戦いが、果てしなく続くことになる。