4.田舎の屋敷
こうして私は、スコットの屋敷まで彼と共に旅をすることになった。スコットは途中の町で服や靴を買いそろえ、見苦しくないように私の身なりを整えた。適当にばっさり切ってしまった髪も、彼が器用にそろえてくれた。
「綺麗な金茶の髪だね。もう少し色が淡い方が、都合がいいのだけれど……まあ、許容範囲内かな」
いったい何が許容範囲内なのか、全く分からない。彼も説明する気がないらしく、鼻歌を歌いながら私の髪にはさみを入れていた。
気にはなっていたが、尋ねる気にはならなかった。彼は彼で、私の持ち物が気になっているようだったのだ。下手につついたら、逆にそちらについて質問されないとも限らない。
私が元々着ていた、今の私には大きさの合わない上質な服と靴。貴族たちから若返りの代金として受け取った、数々の宝石や金貨に銀貨。とどめに、雑にくくられてばっさり切り落とされた私の長い髪。
これらをしまい込んだ布包みを、彼はたいそう興味深そうに見ていた。それでも、中身が何なのか尋ねてくることもなかったし、私を養子とすることを撤回することもなかった。
彼が私のことをそっとしておいてくれた、そのことはとてもありがたかった。だから私も、彼のことを不用意に探るべきではない。
そう決めた私は、せめて彼の人となりや周囲の状況だけでも知ろうと、折を見て彼と話すようにしていた。けれどそうして知り得た事実は、さらに私を困惑させるものだった。
まず、彼の領地はほとんどが未開拓の野山で、あちこちにぽつぽつと村があるばかり、大きな町は数えるほど。そんな、とびっきりの田舎だった。
治安は悪くなく、暮らすにはいいところらしい。ただそれは単に悪さをする人間すらろくにいないし、奪うようなものもろくにないというだけの話のようだった。
それなのに領民は暮らしに困っている様子もなく、領主である彼も至ってのんびりと、不自由なく暮らしているようだった。
そしてそれは、スコットの統治の手腕のおかげという訳でもないようだった。
彼は自分の興味のあることのみにのめりこみ、それ以外のことは放ったらかしにしがちな、いわゆる学者肌の人物だったのだ。今回彼が領地を離れて旅をしていたのも、研究に必要なものを集めるためだったらしい。
私がもぐり込んだほろ馬車、あそこにぎっしりと積まれていた木箱の中身が、彼が長旅をしてまで集めた研究材料なのだそうだ。それが何なのかについては、屋敷に着いてからゆっくりと教えるよと彼は言っていた。
スコットは寝ぐせがついたままの灰色の髪を風になびかせて、自らのんびりと馬車を操りながら、あれこれと思いついたことを気ままに喋っている。
私はその隣にちょこんと座り、彼の話に耳を傾ける。肩のところできれいに切り揃えられた金茶の髪が、さわやかな春風に揺れていた。
「……君はいい聞き手だね。これは思わぬ拾いものをしたかな」
彼は私のことを評価してくれている。それは嬉しいのだが、どうにも彼はつかみどころがないし、分からないことが多すぎる。というより、知れば知るほど訳が分からなくなっていくのだ。
これから彼と一緒に暮らしていくということに、不安を覚えないといったら嘘になる。彼は悪い人ではない、そのことはおそらく確かだけれど。
「ああ、パメラ。やっと私の屋敷が見えてきたよ。いや、『私たちの屋敷』だね」
うつむいて考え込んでいる私に、スコットが明るく声をかけた。顔を上げて、彼が指す方に目を向ける。
なだらかな野原のただ中に、小さな屋敷がぽつんと建っている。ここからでもはっきりと分かるほど古びているが、貧相な感じはしない。日干しレンガを積み上げて、屋根には瓦を並べた、少し変わったつくりの建物だ。
屋敷の向こう、南側には森のようなものが広がっていた。やけに広いし、なんだか雰囲気も変わっている。遠くてよく見えないけれど、どうも普通の森とは何かが違うように思える。
目を丸くして屋敷を見ているうちに、馬車は屋敷の前に到着した。私はスコットと共に、屋敷の前に降り立つ。すぐに使用人たちが玄関から出てきて、御者たちと協力して馬車の荷物を下ろし始めた。
スコットは使用人たちにいくつか指示を飛ばしてから、この短い旅の間にすっかりおなじみになった穏やかな笑みを浮かべて、こちらに手を差し出してきた。
「ようこそパメラ、我がモーゼス家の屋敷へ」
スコットに手を引かれて、恐る恐る屋敷に足を踏み入れる。
この一年の間に、あちこちの貴族に招かれて、数えきれないくらいたくさんの屋敷に立ち入ってきた。最初のうちこそ緊張したけれど、今ではもうすっかり、そんな感覚は忘れてしまっていた。
けれど今、私はひどく緊張していた。ちょうど、生まれて初めて貴族の屋敷の門をくぐった時のように。
「気楽にしてくれていいよ。これからここは、君の家になるんだからね」
私の緊張が伝わったのか、のんびりとスコットが言う。ちょうどその時、出迎えに来た執事が私たちの前に立った。スコットとそう年の違わない、まだ若い男性だ。
彼の身のこなしはきびきびとして軽やかで、鮮やかな赤毛をきれいになでつけている。おっとりとしていて寝ぐせだらけのスコットとはまるで逆だ。
思わず背筋を伸ばす私とは対照的に、スコットはにっこりと笑う。執事はうやうやしく礼をすると、小さく首をかしげた。
「おかえりなさいませ、スコット様。そちらの方が、知らせにあったお客人でしょうか」
「ただいま戻ったよ、クラレンス。彼女はパメラ、実は私の隠し子なんだ」
「えっ?」
思わずすっとんきょうな声を上げてしまった。今、とんでもない言葉を聞いたような気がする。
私はてっきり、彼の養子となるのだとばかり思っていた。何をどうすれば、隠し子なんて言う話になるのだ。そもそも彼と私は、赤の他人だというのに。
クラレンスと呼ばれた執事も大いに驚いたらしく、目を丸くして私を見ている。しかしスコットは一人だけいつも通りの調子で、平然と言葉を続けている。
「彼女は、私が若い頃に出会った女性との間にできた子供でね。ずっと平民として、自由に暮らしていたんだが……母を亡くして、一人きりになってしまったんだ。だから私が、娘として正式に引き取ることにしたんだよ」
スコットは息をするように嘘を並べ立てている。大体彼はまだ二十四歳だ。今の私が大体八歳くらいに見えているだろうから、ざっと計算して、彼が十六の時の子ということになってしまう。
早熟な者なら珍しくもないだろうが、どう見ても色恋沙汰と全く無縁に過ごしてきたスコットには、まるで似合わない話だ。
「なるほど。そういう筋書なのですね、スコット様」
クラレンスが意味ありげに目くばせをしながら、そんなことを口にする。ほら、やっぱりばれているじゃないか、無理があるにもほどがあると思いながら、ちらりとスコットを見た。
スコットは愉快そうに笑い、指を一本立てながら声をひそめる。私たち二人の視線を受けても、まるで動じていない。
「飲み込みが早くて助かるよ、クラレンス。このことは、私たちだけの秘密だ。絶対に、あの親戚連中に知られてはならない。いいね」
どうやらクラレンスにこの嘘が見抜かれるのも、織り込み済みだったらしい。クラレンスは大きくうなずいてから、またちらりと私を見た。
「もちろんですとも。……しかしパメラ様は、きちんと秘密を守れるのでしょうか」
「大丈夫だ、彼女は驚くほど聡明で、しかも分別がある。八歳の少女とは思えないほどにね」
その言葉にぎくりとしたが、ひとまず動揺を飲み込んで微笑む。スコットはかがみ込んで私と目線を合わせると、そのままクラレンスの方に向き直った。
「それにほら、彼女は私と似た目の色をしているだろう? 気のせいか、面差しもちょっと似ているように思えるし。これで髪の色がもっと近ければ、言うことはなかったのだけれど」
ああ、許容範囲というのはそういうことだったのか。すぐ近くにあるスコットの顔をじっと見る。
彼は灰色の髪で、私の髪は明るい金茶だ。そして私たちは二人とも、緑色の目をしている。スコットのそれは夏の森を思わせる深い緑で、私のものはもう少し明るいけれど。
「ええ、おっしゃる通りです、スコット様」
そう答えたクラレンスの声は、明らかに震えていた。どうやら、笑いをこらえているらしい。不自然に顔をこわばらせたまま、彼はこちらに向き直ってきた。
「お嬢様、私は執事のクラレンスと申します。どうぞ、以後よろしくお願いいたします」
どうやらスコットのみならず、彼も中々の変わり者らしい。あちこちの貴族の屋敷を見てきたけれど、こんなおかしな態度を取る執事に出くわしたのは初めてだ。
彼らと過ごすこれからの生活が、どうか平穏なものでありますように。そんな祈りを、心の中でそっと捧げた。