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39.意外な解決策

「済みません、少しの間そこで待っていてもらえますか」


 ルドア公爵夫人にそう言ってから、まだ青いバラを振り回しているリューをひっつかみ、少し離れたところで様子を見ていたスコットたちのところに駆け寄った。三人をうながして、さらに公爵夫人から距離をとる。


「あの、ちょっと聞いて欲しくて……思い出したことがあるんです」


 声をひそめてそう言うと、スコットたちは身を乗り出してきた。スコットとダフネ、それにクラレンスと一緒に、部屋の片隅で内緒話だ。


「私の『力』は、一つのものに対しては一回しか使えません。でも、例外があるんです」


 青いバラをつかんだままのリューを、三人の前に差し出す。どうやらスコットは私が言いたいことに既に気づいていたらしく、この上なく複雑な表情で目をそらした。


 何のことなのかまだ分かっていないダフネとクラレンスに、説明を続ける。


「一度私が『力』を使ったものであっても、お父様の『力』で何かを融合させてしまえば、もう一度私の『力』で時を操れるようになるんです。ですから……」


「つまり、公爵夫人に何かしら適当なものを融合させてしまえば、お嬢様の『力』でさらなる若返りが可能だということですね」


 言いよどむ私の言葉を、あっさりとクラレンスが引き取った。その顔は、たいそうおかしそうに引きつっている。ダフネもあきれた顔をしていた。


「なんというか、とんでもない抜け道だな。『力』ってやつは、未だによく分からない」


 そんなことを小声でささやき合っているうちに、私たちの視線は自然とスコットに集まっていた。スコットは疲れたような顔で深々とため息をつく。


「私は人間相手に『力』を使ったことはない、というか使いたくないよ。危険すぎるからね」


 その言葉を最後に、全員黙り込む。しかしすぐに、ダフネがまた口を開いた。


「そこは愛娘のために腹をくくれよ。あんたがちょちょっと『力』を使ってくれれば、全部丸く収まるんだ」


「でもね……」


「誰かの髪の毛を一本融合させるとか、その程度なら大したことにはならないのではありませんか、スコット様? 例えば『髪の色』という性質を、公爵夫人に付与する形で融合を行う、とか」


 よく手入れのされた自分の赤い髪を指さしながら、クラレンスがそう提案した。スコットはため息をついて、声をひそめる。


「確かに、それなら大ごとにはならないだろうね。ただ、そう簡単な話ではないと思うよ。おそらく公爵夫人は、数十年は若返らないと納得しないんじゃないかな」


 その言葉に、全員がちらりと公爵夫人の方を見た。しわだらけの顔も手も、おしろいがこってりと塗りこまれて真っ白になっている。


 私たちの視線に気づいたのか、彼女の目だけがぎろりと動いてこちらをにらみつけた。何を話しているのか知らないが、早く終わらせろと、その目はそう語っているようだった。


「私の『力』は同じものに重ねて使うと、どんどん制御が難しくなるんだよ。何が起こるか分からないから、私は反対だ。それに、いきなり彼女がそんなに若返ってしまったら、評判を聞いてここに人が押し寄せてきかねないだろう」


「それは、確かに……困ります」


 私のつぶやきに、全員が一斉に黙り込んだ。若返りを求める者たちが、この屋敷の前に毎日のように列をなす。そんな光景をうっかり想像してしまい、思わず身震いした。


 ずっと青いバラを抱えてご機嫌そうだったリューですら、くるりと丸くなってうずくまっている。背中の毛が少しばかり逆立っていた。


「……それに関しては、口止めに一筆書かせればいいんじゃないか? 公爵家の人間ともなれば、形として残された約束を破るようなことはしないと思うぞ。家の恥になるからな、そういうのは」


 聞こえるか聞こえないかぎりぎりの声で、ダフネがそんなことを言ってのける。


「ついでに、『何が起こっても一切の責任を問わない』旨の確約も取っておくべきでしょうね」


 クラレンスも吐息だけのひそひそ声で、そう付け加えた。


「……それでいくしか、ないんだろうね。はあ、気が重いよ」


 さらに深々とため息をつくスコットの足首に、リューが体をこすりつけていた。猫そっくりの仕草で。




 それから少し後、私はまた公爵夫人の前に立っていた。隣にはひざまずいたスコットもいる。


 あれから私たちは、公爵夫人に事情を説明した。さっくりと、要点だけを押さえて。


 もっと若返ることのできる方法はあるが、危険を伴うおそれがあるということ。もしその方法をとるのであれば、私やスコットのことについて、一切他言しないと誓う必要があるということ。さらに、不測の事態が起こったとしても、こちらの責任を問わないと明言してもらいたいこと。


 そんなことを口々に、一生懸命に彼女に伝えた。できれば思いとどまって欲しい、できればあきらめて帰って欲しいと、そんなことを願いながら。


 しかし公爵夫人は、どこまでも頑固だった。何が何でも若返る、そのためなら危険などいとわないと断言し、こちらの要求を全て飲んだ。私たちが大急ぎでこしらえた書面に、彼女はなんのためらいもなく署名したのだ。


「わたくし、及び我がルドアの者からあなたの『力』のことが外部にもれた場合、我がルドアが有する財産の半分をそちらに引き渡す。これならどうかしら」


 それどころか、彼女は自分からこんなことを申し出てきた。今は子供になってしまっている私にはさっぱり分からないが、若さとはそこまで執着したくなるものなのだろうか。彼女の垂れたまぶたの下の目は、恐ろしいほど強く、ぎらぎらと輝いていた。


 写しも含めた二枚の書面の一枚を私たちが受け取り、もう一枚は公爵夫人の従者が大切にしまいこんだ。これで、契約は成立してしまった。今後私たちにかまいつけない代わりに、彼女にさらなる若返りをもたらすこと。そんな契約が。


 そんなこんなで引けなくなってしまった私たちは、大いに緊張しながら彼女に向き合う羽目になっていたのだった。


 スコットがごくりとつばを飲み込み、手をぐっとにぎりしめた。その手にはきらりと輝く金色の髪が一本、しなやかにからみついている。ダフネの髪だ。


「……それでは、始めます」


 これからスコットは、ダフネの髪を公爵夫人に融合させるのだ。彼女の髪は今ではすっかり白くなっているが、若い頃は暗い金髪だったらしい。だから、一番色が近いダフネの髪を使うことにしたのだ。


 スコットは手を伸ばし、公爵夫人の右手を取る。白く優しい光が、公爵夫人を包んでいった。一呼吸おいて、スコットがこちらを向いた。彼はいつになく重々しく、ゆっくりとうなずいた。


 どうやら、成功したらしい。ならば次は、私の番だ。ゆっくりと深呼吸して、公爵夫人の左手に触れた。


 おそるおそる、『力』を使う。赤い光が公爵夫人を包み込み、彼女の中に吸い込まれるようにして消えていった。かつて貴族たちを若返らせていた時に、嫌というほど見た光景だ。


「どうしましたの、パメラ。結果は?」


 固まっている私にじれたのか、公爵夫人がほんの少しいらだたしげな声で尋ねてくる。


「……成功、です」


 そう答えながら、触れたままになっている公爵夫人の手を見る。おしろいに隠れた彼女の肌が、ほんの少しはりを取り戻しているように思えた。


「……あら、そうなの? ……言われてみれば、どことなく体が軽くなった気がするわ」


 どうやら本人も変化に気づいたらしく、ぱちぱちと目を見張っていた。


「ええ、この調子で、もう一度お願いするわ」


 公爵夫人は上機嫌だったが、スコットは明らかに緊張しているし、私の背中にも冷や汗が流れていた。


 予想通り、公爵夫人をさらに若返らせることには成功した。しかしこれ以上となると、私たちにもどうなるのか分からない。


 私たちは顔を見合わせて、慎重に、注意しながらもう一度同じことを繰り返す。かつて八十を超えていた公爵夫人は、おそらく五十過ぎまで若返った。しわだらけの老女が、初老の女性になったのだ。


 公爵夫人は声を上げて喜んでいたが、しかしまだまだ満足していないようだった。彼女は張りのある声で、もっと、もっとよと言い放ったのだ。スコットが予想した通りだったなと、そっと肩を落とす。


 これ以上は本当に重大な危険を伴いかねない、ともう一度忠告したけれど、彼女は聞く耳を持たなかった。仕方なく、私とスコットはさらにもう一度同じ手順を繰り返そうとした。


 異変は、その時にやってきた。

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