29.空の青を映した奇跡
「おや、リュー。そんなに大きな声を出して、どうしたのかな」
考え事を中断させられたスコットが、嫌な顔一つせずに穏やかにリューに話しかける。
一方のリューはもにゅん、もあうんとしきりに鳴きながら、スコットに何かを差し出そうと頑張っている。その小さな手に握られた何かを受け取って、スコットは目を見張った。
「これは……ターコイズと琥珀? 西の離れの一階に、そういえばこんなものも置いていたかな。わざわざ取ってきたのかい?」
座っていた庭石からぴょんと飛び降りて、スコットに歩み寄り、手の中のものをのぞき込む。それは私の小指の爪ほどの、とても小さな二つの石だった。一つは空のような綺麗な青、もう一つは蜂蜜のように透き通った金色。
最初にバラの話をしていた時、リューはスコットの足元をうろちょろしていた。それがいつの間にか姿を消していたのだが、リューが自由気ままにふらふらしているのはいつものことなので気にもしていなかったのだ。しかしどうして、あんなものを持ち出してきたのだろうか。
首をかしげる私たちの目の前で、リューは小さな両手をぱんと打ち合わせて、そのままぎゅっと押すような動きをしている。何度も同じ動きを繰り返しては、その合間にちらりとこちらを見てくる。
「もしかして、これを融合させろと言いたいのかい……ああ!」
何かに気づいたらしく、スコットは突然声を張り上げた。歓声のような、浮かれた声だ。
「そうか、琥珀は植物に由来するもので、同時に石のようなものだ。おまけに、性質も植物よりずっと単純だ。これを組み込めば、もしかして……」
言うが早いか、スコットは二つの石をあっという間に融合させる。彼の手のひらには、透き通った空色の石がひとつ、きらきらと輝いていた。光の加減で明るい青と深い青が入り乱れて、とても綺麗だ。
スコットはその空色の琥珀を光に透かしながら、さらにぶつぶつとつぶやき始めた。いつもより、こころもち早口だ。
「……これをいきなりバラと融合させるよりも、何かを間に挟んだほうがいいだろうね。琥珀と似た、樹液の固まりができやすい木で、バラと近い種類のものがいい……」
そんなことをつぶやきながら、彼は辺りを見渡す。その視線が、一本の巨木のところで止まった。昔からここに根を下ろしているサクラの古木だ。花はもう終わって、柔らかな若葉をいっぱいに茂らせている。
サクラの幹の上の方には、ところどころにつるりとした塊がくっついている。おそらく、染み出した樹液の塊だろう。さっきリューが持ってきた琥珀に、ちょっと似ている。
「あの木なら、ちょうどいいかもしれないね。この青い琥珀と合わせるなら、枝の一番先をほんの少しもらえればいいかな。大きさが違いすぎると、それはそれで制御しづらいし」
スコットはそう言いながら、サクラの木に手を伸ばす。けれどどうやっても、一番低い枝にすら手が届きそうになかった。スコットは決して小柄ではない。むしろ、長身の部類に入る。単にサクラの木が大きすぎるのだ。
「……仕方ない、脚立を取ってくるかな。足場が不安定だから、ついでにクラレンスを呼んで……」
その時、私の足元で転がっていたリューが突然ぽんと大きく飛んだ。そのままサクラのこずえにぶら下がり、前後に大きく体をゆすり始める。やがて小枝がぽきりと折れて、リューごと私たちの目の前に落ちてきた。
「枝を取ってきてくれたのか。ありがとう、助かるよ」
スコットはうきうきとした表情でかがみ込み、リューの手から小枝を受け取っている。なんとも微笑ましい光景だ。
彼は慎重に、サクラの小枝と青い琥珀を融合させていく。白い光が消えた後、彼の手の中には何の変哲もないサクラの小枝だけが残された。
「……たぶん、うまくいったと思う。パメラ、頼んだよ」
次は私の番だ。サクラの巨木から少し離れた空き地に、スコップで穴を掘って小枝を挿す。手を伸ばして、小枝に『力』を使った。どうか、成功していますように。そう祈りながら。
小枝が青い光に包まれ、ゆっくりと姿を変えていく。小枝は若木になり、どんどん大きくなっていく。しなやかに枝が伸びていき、びっしりとつぼみをつけた。つぼみがふくらみ、一斉に花開く。
「うわあ……」
優しい空色の雲をまとったような若いサクラの姿に、思わず声がもれる。スコットも私の隣にやってきて、青いサクラを見つめていた。その横顔はとても穏やかで、それでいてたいそう楽しげだった。
「ああ、とても見事だね。……ここまでくれば、あとは何とかなるだろう。パメラ、リュー、少しだけ待っていてくれ」
そう言うと、スコットはあっという間に走り出し、そしてじきに戻ってきた。手に数本の小枝をたずさえて。
青いサクラの小枝と白いノイバラを合わせ、青いノイバラを作る。その青いノイバラに、今度は白いバラを合わせた。
私たちの視線を浴びながら、バラの木が育っていく。枝先にできた花芽が大きくなり、ほころんで。
貴婦人のドレスのように華やかに広がったその花びらは、それは見事な青だった。
「成功だ……まさか、こんな方法があったなんて。こんなにもあっさりと、望む性質だけを受け継がせることができるなんて、思いもしなかった」
呆然とつぶやくと、スコットはこちらに向き直った。その深緑の目には、とても温かい色が浮かんでいる。歓喜と感嘆の思いを分かち合おうとでもしているかのような、そんな表情だった。
「この花は君のために作ったものだから、君の好きにしてくれていいよ。挿し木をして増やしてもいいし、切り花や鉢植えにして飾ってもいい」
見事に咲き誇る青いバラを見て、スコットは満足げに笑う。前からそんな気はしていたが、どうも彼は研究の成果物自体についてはあまり興味がないようだった。
「ただ、屋敷の外の人間に見つからないように、それだけは気をつけてくれ。これだけ見事なものだと、うかつに外に出すのは危ないように思えるからね。いずれ父さんと母さんを招いて、これをどうするか相談しよう」
彼の言葉に、真顔でうなずく。スコットも私も、『力』のことを公にすることなく暮らしている。目立ったり騒がれることをスコットは望んでいないし、私に至っては逃げ隠れしている身だ。こんな美しくて珍しく、とびきり目立つものは隠しておくに越したことはない。
「それじゃあ、さっそく今日の実験の結果を記録しておこうか」
張り詰めた空気を追い払うように、スコットがにっこりと笑いかけてきた。隠しポケットから、今度は紙の束を取り出している。あんな大きなものを、どうやってしまい込んでいたのだろうか。
スコットはその紙にさらさらと書きつけながら、楽しげに説明を始めた。彼によれば、失敗作にしか見えないものであっても、後から別の用途が見つかったり、また新たな研究の土台になったりするのだそうだ。だから、今日一緒に作った他の植物たちも、決して無駄にはならないらしい。
ふとそれらの植物に目をやると、リューが片っ端から花に顔を突っ込んでいるのが見えた。どうやら、新種の花の蜜を味見して回っているらしい。
「……結局リューは、何者なのだろうね? 色々と変わっているなとは思っていたけれど、まさか研究を手伝ってもらえるとは思わなかった」
スコットも書き付ける手を止めて、リューを見つめている。
「最初は猫だと思いましたけど、食べるのは花の蜜や花粉だけですし……」
「体は小さいのに、やけに大きく跳ねる。鳴き声も、聞いたことのないものだ」
「私たちの言葉を分かっているようにも思えます」
「ああ、あの子は見た目よりかなり賢いと思うよ。……興味深いな。一度じっくり調べてみようか」
そう言ってスコットが前のめりになったとたん、リューがむあ、と短く鳴いて近くの木の上に逃げ込んだ。どうやらスコットに調べられるのは嫌なようだ。
その姿がおかしくて、スコットと二人して笑い合う。
「逃げられてしまったね、残念だ。……リュー、私たちは君が何者か知りたいとは思っている。でも無理に暴き出すつもりもないから、安心して居着くといいよ」
スコットの呼びかけに、リューが木の葉の陰から恐る恐る顔をのぞかせた。それからぽいんと大きく跳ね飛んで、私の肩に乗る。
ほとんど重さを感じさせない、ふわふわの毛の塊。けれどそれはほんのりと温かく、確かにこれが生きているのだと感じさせる何かがあった。
「ほんと、不思議な子」
小声でそう呼びかける。返ってきたのはもあーんという、いつもの鳴き声だけだった。




