22.スコットからの贈り物
私が持つ『力』についてスコットたちに打ち明けてからも、私の生活はそう大きく変わりはしなかった。
たった一つ、スコットが全力で浮かれてしまっていることを除いては。
打ち明け話の次の朝、スコットは朝食後すぐに奥の庭に突撃した。私の手を取って、駆けださんばかりにして。それでも私の歩調に合わせてくれていたのが、なんとも律儀でおかしかった。
「よし、じゃあこの辺り一帯の木を育ててくれないかな。そうだね、五年分くらい」
「この辺りって……これ全部ですか?」
スコットが指し示したのは、ざっと十本ほどの若木だった。昨日私が助けたものよりは二回りほど大きい。
「ああ。もしかして、『力』を連続で使うと疲れたりするのかな? だとしたら、何日かに分けてくれても全然構わないよ。気が向いた時でいいからね」
「あ、いえ、それは大丈夫なんですが……ここの木が一気に大きくなったら、日当たりが悪くなりませんか?」
「それは問題ないよ。暗くなったらなったで、周囲に日陰が好きな植物を植えるだけだから。それに」
にっこりと笑って、スコットは庭の南側に顔を向ける。ごちゃごちゃと草木が生えていて、その向こうがどうなっているかは分からない。毎日少しずつ探検してはいるのだけれど、未だにこの奥の庭の全貌はつかめていないのだ。
「あちら側には、まだまだ空いた土地があるからね。だからこそ、私はこの屋敷に住むことにしたんだよ」
スコットが私を見て、ふと何かを思いついたような顔をした。
「君の『力』は、使い続けても問題ないんだね。だったら、一度に広い範囲の時間を操ることはできるのかな?」
「はい。……ええと、寝台一つ分くらいの広さなら、すぐに」
「それでは、どれくらい細かく時間を操れるのだろうか」
「きっちりと調べたことはありませんが、たぶん数日……くらいです」
次々と質問を飛ばしてきたスコットは、私の答えを聞いて大きくうなずいた。
「ありがとう。よく分かったよ。……せっかくだから今日は、庭の果てに行ってみないか。いいことを思いついたんだ」
庭の果てなんて言葉、初めて聞いた。けれどスコットのこの広くて謎めいた庭には、そんな珍妙な言葉がふさわしく思えてしまう。そのことが、ちょっぴりおかしかった。
笑いをこらえながらこくりとうなずくと、スコットはちょっと待っていてくれ、と言い残してきびすを返した。そのまま機敏な動きで西の離れに駆け込むと、しばらくして大きなカバンを肩から掛けた姿で戻ってきた。
「さあ、行こうか。はぐれると大変だから、手を離さないようにね」
そう言いながら彼は、手を差し出してくる。ごく自然に。
「……あの、お父様……」
「どうしたのかな」
「私、本当は十八歳です。子供ではないので、手をつながなくてもはぐれたりしません」
「そうかもしれないね。でも今の君の体はとても小さいし、それに私の娘だ。娘を心配するのは、当然のことだろう?」
こともなげに、スコットはそんなことを言う。ごく当たり前のことを普通に口にしただけだ、と言わんばかりの顔で。
だから私も、意地を張らずに済んだ。小さな手を伸ばして、差し出された大きな手をつかむ。スコットが、嬉しそうに笑った。
木々と草花の間を縫うようにして、どんどん南に進み続ける。スコットの手をしっかりと握りしめて、周囲の光景を一生懸命に目に焼きつける。
「ずいぶん真剣に、辺りを見ているんだね。何か面白いものがあったかな?」
そう言いながら、スコットは周囲の木の若枝を折り取り、肩にかけたカバンの中にしまっている。たぶん、後で研究に使うつもりなのだろう。
「えっと、実は……道を覚えようとしているんです。どこの草なら、踏んでもいいのかを知りたくて。なにぶん、研究材料と雑草の区別がつかないので」
「ああ、なるほどね。確かに慣れない者には、どれが雑草なのか分からないか。まあ私は、雑草という概念自体があまり好きではないのだけれど」
「人にとって有用か無用かの違いでしかない、ですよね」
今までに何度も、彼はそう言っていた。私の言葉に、スコットは大きくうなずく。
「そう。だから今回は『ひとまず踏んでも私の研究に支障のない草』と言うべきかな。将来的に、それらの草が研究対象になる可能性もあるからね」
「長いです、お父様」
彼の言いようがおかしくて、つい笑ってしまう。つられたように、スコットも朗らかに笑った。
そうやって手をつないで笑い合いながら、不思議な植物が生い茂る庭を歩く。くすぐったくなるような心地良さのせいか、私の笑みは消えることがなかった。
庭の果てとやらにたどり着いたのは、ざっと三十分ほども歩いた頃だったろうか。形も大きさもてんでばらばらな珍しい植物の茂みが突然途絶えて、その向こうにはごくありふれた草原が広がっている。
「ここまで来たのは、私も久しぶりかな。結構歩いたね」
スコットが伸びをしながら、肩に掛けていたカバンを地面に下ろす。中から、革袋を三つ取り出した。それぞれ、何か細かいものがぎっしりと詰まっている。
「たっぷり歩いた後に悪いのだけれど、今から『力』を使ってくれないかな」
「はい。どこにですか?」
「この、目の前の草原にだよ」
言いながら、彼は革袋の中身を手につかんでまき散らす。右へ左へ、そして前へ。やがて中身が空になったらしく、次の革袋を手にした。
「私がこの種をまいた範囲の時間を、三、四か月ほど進めてくれ。花が咲けば、それでいいから」
どうやら彼がせっせとまき散らしているのは植物の種らしい。ひとまず言われたように、『力』を使うことにする。
目の前の草地に手をついて、意識を集中する。辺りの地面がふわりと青く光り、まかれた種が一斉に芽を出した。それらはぐんぐん伸びていって、優しい色の花を咲かせた。
優しい桃色、澄み渡る青、温かな黄色、まぶしい白。あっという間にそこは、可愛らしい花で埋め尽くされた花畑になった。私が『力』を使うたび、花畑はどんどん広がっていく。
「ああ、見事だね」
屋敷が一軒建つくらいの広さに広がった花畑を眺めながら、スコットが満足げに笑う。
「君に、一面の花畑を見せたいなと思ったんだ。ただ、今からだと春の花の種をまいても間に合わないからね。一応、奥の庭の一角に夏の花の種をまいてはみたんだが……そちらが咲くのも、あと二か月はかかる」
「どうして、私に?」
「女の子はこういうものが好きだと、そう聞いたんだ」
ぽかんとする私を見て、スコットは困ったように肩をすくめた。
「君を迎え入れた当初、私は君をどうもてなしていいか、どう相手をすればいいか分からなかったんだ。ひとまず本を与えてみたら、君は気に入ってくれたようだったけど……」
彼は惜しみなく、たくさんの本を貸してくれた。初心者である私にも分かりやすい、絵がたくさんあって面白いものばかりだ。そうやって私のために本を選んでくれたというだけで、十分すぎるくらいに嬉しかったのだけれど。
「でもそうしていたら、クラレンスに怒られた。もっとほかにやりようがあるでしょう、と。『あのだだっ広い庭のどこかの花壇を、お嬢様のために整えて差し上げれば、きっと喜ばれますよ』という助言つきで」
「だから、こうしてここまで……」
「ああ。だからひとまず、花の種をどっさりと取り寄せたんだ。結局君の『力』を借りることになったけれどね」
スコットは、彼なりに精いっぱい考えてくれたのだ。どうすれば、歓迎の気持ちを私に伝えられるか。だからちょっとした花壇ではなく、こんな大きな花畑を作ろうと考えたのだ。
その彼の思いが、胸に温かく染み渡る。
「ありがとうございます、お父様。私、とっても嬉しいです」
「どういたしまして。喜んでもらえて私も嬉しいよ」
「……でも、庭がまた広がっちゃいましたね」
「いつか、庭の中を馬で移動しなくてはならなくなるかもしれないね」
「そうなるのも、そう遠くない未来のような気がします」
そんなことを言いながら、私たちは笑い合った。にぎやかな色が咲き乱れる花畑が、そよ風に揺れていた。




