15.明かされた秘密
クラレンスが母屋に帰っていき、あらかたお茶も飲み終えた頃。
意を決して、スコットに尋ねてみた。よけいな前置きなどせず、真正面から。スコットは、そういったことを気にしない人間だと、分かっていたから。
「お父様は、どのような研究をされているのですか?」
「植物の研究だよ」
「……それは知ってます。具体的に、どんなことをしているのか、知りたくなったんです」
なおも食い下がると、スコットは視線をついと上げた。宙を見つめて、なにやら考え込んでいる。
こういう時のスコットには、声をかけるだけ無駄だ。しばらく放っておけば、自力で現実に戻ってくる。それを気長に、待つしかない。
菓子皿に残っていたクルミのひとかけらを口に放り込んでかみしめながら、スコットを眺める。
割と整った容貌に、のんびりと穏やかな表情が浮かんでいる。深緑の目は明後日の方向を向いたまま、ぴくりとも動かない。灰色の髪には相変わらず寝ぐせが残っていてくしゃくしゃだ。彼が考え事に没頭している今なら、勝手にくしを入れても気づかれないだろうか。
そんなことを考えていると、スコットは突然立ち上がった。
「そうだね。君になら、話しても大丈夫だろう」
スコットはいつになく表情を引きしめて、小声で言った。
「……パメラ、これから見聞きすることは、決してこの屋敷の外で口にしてはいけないし、私やクラレンス、あとはダフネ以外の人間に話してもいけない。誓えるね?」
なんだか、思ったよりもずっと大ごとになりそうな雰囲気だ。とはいえ、ここで引くつもりもない。ダフネに背中を押されたというのもあるが、それ以上に、ずっとスコットの研究のことが気になっていたのだ。
だから精いっぱい真面目な顔で、こくんとうなずいた。スコットはそんな私を見て、ふっと柔らかく微笑む。
「だったら、決まりだ。ついておいで」
そうして私たちは西の離れを出て、奥の庭にやってきた。スコットは辺りの植物に目をやりながら、何事か考えている。
やがて彼はどこからともなく取り出したスコップで、足元で咲いているレンゲを一株掘り起こした。それから、近くにある畑の方に歩いていく。その畑では、エンドウがさかんに茎を伸ばしていた。
こんな風にぱっと植物の名前が分かるようになったのも、スコットのおかげだ。私は町で育ったので、草やら野菜やらについてはほとんど知らなかった。
ここに来て、スコットに勧められるがまま色々な本や図鑑を読み進めているうちに、自然とある程度見分けがつくようになっていったのだ。
スコットはレンゲの株をエンドウの株と寄り添わせるように置き、両手でそれらをまとめてそっとにぎった。次の瞬間、彼の手の中から白い光がこぼれ出る。その光に溶けていくようにして、レンゲの株が消えていった。
ぽかんとする私をよそに、彼は服のポケットから鉛筆と細い紙紐を出し、何やら書きつけるとエンドウの茎に結びつけた。
「これが私の研究だよ」
「……さっぱり分かりません」
スコットは端的に物を言う。それはいつものことだけれど、ここまで要点だけを見せられても、なんのことやら理解できない。
「さっきの光はね、私の『力』によるものなんだよ。君も知っているだろう、『力持つ者』のことは」
知っているも何も、私もその『力持つ者』の一人なのだ。ここに来てからずっとひた隠しにしているだけで。
「私の『力』は、異なる二つのものを融合させて新しいものを作り出す、そういうものなんだ。……そうだね」
言いながら彼は、足元の小石と、その近くに落ちていた小枝を拾い上げた。
「もう一度やってみせるよ。今度はこの小石と、小枝を混ぜ合わせる」
彼の大きな手の上に置かれたそれらが、さっきと同じように白い光に包まれる。光が消えると、小石はどこかに消え去ってしまっていた。
「手に取って、確かめてごらん」
首をかしげながら、小枝を手に取る。それは見た目よりもずっと重く、そしてひんやりとしていた。ちょうど、石のような手触りだ。
ふと思い立って、手にした小枝でその辺の石を叩いてみる。かんかんと、高く澄んだ音がした。
「小枝の見た目と、小石の性質をあわせ持ったものができあがったね」
「じゃあ、さっきのは……消えたレンゲの性質が、エンドウに引き継がれたんですか?」
「その通り。レンゲみたいにたくさんの花がまとまって咲くエンドウができたら、面白いかなって思ったんだ。収穫量も上がりそうだしね。うまくいったかどうかは、あの株が花を咲かせて、実がつくまで分からないけれど」
笑いながら、スコットはさらにくわしく説明してくれた。彼はこうやって二つのものを融合させることができるが、その結果どのようなものができあがるかについて、完璧に制御できる訳ではないらしい。
「小石と小枝くらいなら簡単なんだけど、生き物はやっぱり難しいよ」
あまりにも性質や大きさが違うもの同士を用いると、融合させようとしてもうまくいかなかったり、変な具合に融合してしまったりするのだそうだ。生き物は性質がややこしいので、その分大変らしい。
ただ、工夫次第でどうにかなったりもするので、彼は日々その工夫を考えるのに余念がないらしい。いつも机の前でうなっているのは、そういうことだったのか。
「動物は、くっつけられないんですか?」
ふと思いついたことを口にすると、スコットは口を引き結んだ。無理やりキノコを食べさせられそうになった時のような顔だ。
「できるよ。けれど、もうやらない」
「やったことがあるんですね」
「……子供の頃に、出来心でつい、ね。バッタと蝶を組み合わせてしまって……あれは、本当に悪いことをしたと思っている」
スコットの顔がくもる。どうやら、私の何の気なしの問いは、彼に苦い記憶を思い出させてしまったらしい。何か話をそらさなくては、と焦っていると、彼は気を取り直したように微笑んだ。
「そんなこともあって、私は子供の頃からずっと、植物同士を掛け合わせることに専念してきたんだ。今までに、色々なものを作ってきたよ」
彼は指折り数えながら、次から次に例を挙げていく。通常の三倍収穫できる麦だとか、倍の大きさまで育つ葉物野菜だとか、果物のように甘いトマトだとか。
「……農作物ばかりですね? それも、野菜と穀物ばかり」
「両親に言われたんだよ。どうせ植物をいじるのなら、作物にしておけと。いいものができたら、そのまま領民に渡せるからって」
スコットの両親はやり手なのだと聞いていたが、確かにその通りかもしれない。実際にスコットは、そうして素敵な作物を次々と生み出していったのだから。
「できたものをどうするかは、全部両親に任せていたんだ。結果それらは、うちの領地に広まっていった。条件付きで」
先ほどと同じように、彼はまた一つ一つ数えながら説明していく。
「収穫した作物は、全て領内で消費すること。種や苗を、外に持ち出さないこと。この作物及び出所について、外部の人間には知らせないこと。この決まりが破られた場合、以降新たな作物は供給しないものとする」
そう言ってから、彼は愉快そうに笑った。
「うちの領地は地形の関係上、ものの出入りを見張るのは割と簡単なんだ。余った作物に関しては両親が全部買い上げてから、加工して領地の外に売りつけているみたいだね」
「……お父様のご両親がそんな決まりごとを作られたのは、たぶん、お父様のことを思ってのことですね」
私にとっては義理の祖父母にあたるとはいえ、一度も会ったことのない赤の他人を『お祖父様、お祖母様』と呼ぶのには抵抗があった。だからこんなややこしい呼び方になったのだが、スコットはそのことを気にかけている様子はない。
「ああ、私もそう思うよ。私のこの『力』は、使いようによってはとても便利で、そして危険だからね。私が大人になって、自分のことをきちんと自分で決められるようになるまで、伏せておくことにしたんだろう」
「だろう、って、確認していないんですか?」
思わずそう尋ねると、スコットは軽くうなずいた。
「べつに、取り立てて重要なことでもないしね。両親のおかげで私が好き勝手できていたことに変わりはないし、領民たちの暮らしも豊かになった」
両親が自分のことをどう思っていたのか、彼はまったく気にしていないようだった。やっぱり、彼はちょっと変わっている。
ともかくも、彼は自分の秘密を明かしてくれた。何の産業もなさそうに見える田舎の領民たちが、不思議なくらい豊かに過ごしている、その理由も。
こうやってきちんと秘密を打ち明けてもらえたことが、信頼の証のようで、嬉しかった。そして同時に、自分が隠し事をしていることが後ろめたかった。
けれどそれでも、勇気が出なかった。私も『力持つ者』の一人なんです。たったそれだけの言葉は、私の喉元で引っかかって、また胸の奥に落ちていった。




