[幕間:恋の感覚]
雫視点の話です。
『はっはっは、もう同棲まで持って行ったのか。やるじゃないか』
「同棲じゃない!」
龍佑からあてがわれた寝室。ベッドの上で、私は携帯電話で香苗と話していた。
『まぁしかし、偶然というのは恐ろしいな。告白したその日に相手と同居する事になるとは、なかなか運命的じゃないか。吉兆かもしれん』
「どこが。これで断られたりしたら気まずくて暮らしていけないわよ……」
普段、他人の前では絶対に吐かないような弱音をこうも簡単に口にできるのは、やはり幼なじみとしての気安さか。
「さっきも緊張で頭グッチャグチャになっちゃって訳分からないこと言っちゃうし……」
話しながら、先の大失態を思い出して、また暗鬱とした気分になってくる。
なんであんなことしちゃうのかな、私は……
頭を抱え込んでいると、香苗が電話の向こうからこんなことを言ってきた。
『しかし、それはそれでいいんじゃないか?』
「え、な、なんで?あんなに情けないところ……」
『だからこそ、だろう。伊藤はお前を雲上人のように思っている節があるからな。多少情けなくとも、キチンとお前を見せてやらねばフェアじゃない』
「で、でも……普通の私じゃ……」
香苗の言ってることは正しい。
でも、もし龍佑が私を好いてくれるとしたなら、それはきっと、みんなが頼ってくれる“カッコイイ私”にしか可能性はないように思えて……
俯く。胸の辺りが切なくて、涙が出そうだった。『馬鹿かお前は』
「ふぇ?」
慰めの言葉でもかけてもらえるかと思っていた私は、突然の罵倒にキョトンとしてしまう。
え、ば、馬鹿って……
「なにを……」
『いいか、もしお前が“カッコイイ”工藤雫を演じきって、伊藤と付き合えたとしても、そんな化けの皮、すぐに剥がれるに決まってる。“情けない”“カッコワルイ”大いに結構!そんなお互いの美点だけしか見れないような薄っぺらい関係なら、そもそも初めからない方がマシだ!』
激しく正しく電話越しに香苗は諭してくる。
そして最後に、珍しく優しい声でこう言った。
『お前は伊藤の“全部”が好きなんだろう?なら、お前も“情けない”ところも“カッコワルイ”ところも全部好きになってもらえるように、根性見せろ』
「そう……だね」
『まぁ、心配いらんさ。あいつはあれで、何が大事かキチンと理解してる奴だからな。その点は私よりもお前の方がよく分かっているだろ?』
「……ふふ、当たり前よ」
だって、私が彼を好きになったきっかけは、不格好に、真摯に大切なそれを貫く姿なんだから。
胸が暖かい。気持ちが軽い。
「ありがと、香苗。ちょっと勇気出た」
『気にするな。お前と私の仲だろう?』
持つべきものは優しい幼なじみ、か。
「とりあえず、明日一緒に登校してみようかな……」
『いいんじゃないか?恋人のように甘えて、お前の魅力を叩きつけてやれ』
結局、作戦会議は一時間以上続いた。あれはどうだろう?こんなことをしてみようか?
悩んで、悩んで、精一杯答えを探して。
そんな時間、恋の感覚が苦くて甘かった。