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[一幕:“カッコイイ”か“カワイイ”か]

拙い作品ですが、お付き合いお願いします。

この俺、伊藤龍佑の高校生活を語ろうとしたら、どうしてもその名前を欠かす事のできない人がいる。

それは工藤雫という綺麗な黒髪を腰まで伸ばした、一つ年上の先輩だ。

彼女との出会いについて話すと長くなるので今は割愛させてもらおう。機会があれば語ることにする。ただ、彼女は俺の憧れにして目標なのだとだけ言っておこう。

彼女が副部長を務める剣道部に入部したのは入学したばかりの去年のこと。それからは、充実した日々を過ごしていた。それこそ、悩み事をする暇もないくらい。

まぁ、それも一時間ほど前までの話だが。しかも皮肉なことに悩みの原因はその工藤先輩だし。

「……恐ろしく集中できん」

校庭の隅にある剣道場。杖のように地面についた竹刀に体重を預けながら、俺は頬を伝う汗を拭った。まだ五月で暦の上では春とはいえ、閉め切った道場の中に胴着姿でいるのはかなり暑い。

俺は先程まで素振りをしていたのだが、本日のコンディションは最も悪いと書いて最悪。肩に必要以上の力は入るし、剣筋もガタガタ。ほぼ毎日の練習でそれなりの腕前に成長したという自負があるが、今日の有り様はもしかしたら入部当初よりもひどいかもしれない。今なら、一年生の女子部員にも負ける自信がある。情けないことに。

まぁ、原因は嫌というほど分かっているのだけれど。

チラリと、視線を動かす。

「踏み込みが甘い!怖がらないで、しっかり相手のの懐に飛び込みなさい!」

一年生の練習相手をしている工藤先輩の姿。うちの学校には剣道の指導ができる教師がいないため、伝統的に部員への指導は部内の熟練者が行うことになっている。この代では部長と工藤先輩がそれにあたり、かくいう俺も去年はその二人に指導してもらったのだ。

その姿は思わず見とれてしまうほどに強く、しなやかで、美しい。この姿こそが俺が憧れ、みんなが頼りにしている“カッコイイ”工藤先輩だ。

なら、あの時の工藤先輩はどうだろうか?

『好きです。付き合って下さい』

あれは普段とはまったく違う工藤先輩の姿だった。女の子らしい“カワイイ”工藤先輩。

きっと、あの表情を知っている人は多くないだろう。少なくとも、その程度には工藤先輩の言葉は本気ということ。ドッキリということはなさそうだ。それでも驚愕は半端じゃなく大きいけど。

ただ、本気となると新たな問題点もでてくる。

その事を思い、小さく溜め息をついたところで不意に肩を軽く叩かれる感覚を得た。

「伊藤」

背後を振り向くと、そこに立っていたのは小柄ながら目つきの鋭い胴着姿の女性。この剣道部の部長を務める宮城香苗だった。

「あ、部長。何か用ですか?」

しまった、と内心で焦る。今日の俺は傍目にも様子がおかしかった。俺とそれなりの交流がある宮城部長がそれを見落とすはずもない。

俺の返答如何ではいつかバレることではあるが、今はまだ告白の件を人に知られたくない。だから、とっさにいつも通りの表情を取り繕った。

が、どうも前提から間違っていたらしいことを俺は続く宮城部長の言葉で思い知った。

「雫のことで話がある。構わないか?」

男っぽい、独特の口調で告げられる台詞。一瞬驚いたが、すぐに納得した。

そういえば、宮城部長と工藤先輩は幼なじみだって言ってたっけ。

「……相談でもされたんですか?」

「ああ。半年ほど前からな。随分と色々、甘酸っぱい悩みを聞かされたよ」

真顔の宮城部長の台詞に頭をグシャグシャとかきむしる。まさか、工藤先輩の側からとっくに漏洩していたとは。部長はそういったことを言いふらす人じゃないが、気恥ずかしさは変わらない。

「ま、そんなことは今はどうでもいい。それより、お前のことだ伊藤」

顔を熱くする俺に、宮城部長は元から鋭い眼光をさらに鋭くして、真っ直ぐに視線で射抜いてきた。虫くらいならそれだけで殺せるんじゃないかってくらいの迫力に、自然と俺の気も引き締まってくる。さて、何を言われるのやら……

「まず始めに、私はお前に雫の想いに応えてやって欲しいと思ってる」

「想いって……」

どうしてそんな台詞が吐けるのか。聞いてるこっちが恥ずかしい。

体中が痒くて仕方ない俺に宮城部長はあくまで真剣な表情で言葉を続ける。

「あいつは本気だぞ?なんなら本人に聞いてみるか?」

「……はい?」

なんだろう?すごくいやな予感がするよ?

突如背筋を走った悪寒にとっさの行動がとれなかったのが不味かった。道場内の部員達に宮城部長が声高に告げるのを、俺は止められなかった。

「みんな、聞いてくれ!今日、雫がこの伊藤龍佑に告白した!」

「だーっ!ちょっ、部長なにをぉぉぉっ!」

しん――と、突然の叫びに部員達が口をポカンと開けた間抜けな顔で沈黙する。

だが、一秒、二秒、時間が経つにつれ、段々とそれらは好奇と驚愕に彩られ、視線は二つの方向に向けられた。

即ち、顔を真っ赤にして取り乱す俺と、竹刀を青眼に構えた姿勢で固まり、酸素不足の金魚のように口をパクパクさせているもう一人の当事者――工藤先輩へと。

「か、か、か、カナぁ!」

工藤先輩の反応は宮城部長の叫びからたっぷり十秒も経ってから。ざわめく部員達の間を陸上部員もかくやの速度で走り抜け、宮城部長に詰め寄る。

「なんでバラすの!?誰にも言わないでって言った……」

「うむ。そのつもりだったんだが、こいつがなかなか煮え切らないのでな」

しれっとした表情で俺を指差す宮城部長。ってか俺のせいですか?こんな見事な責任転嫁生まれて初めて見たよ。

「まぁ、あれだ。みんなの前で雫に想いの丈をぶつけられればこいつも決心がつくかと――」

「他にやりようがあるでしょう!」

言っていることは正論なのに工藤先輩の方が余裕はない。幼なじみとしての二人の力関係が垣間見える。頑張れ、工藤先輩!

しかし、俺の心の声援も虚しく工藤先輩は段々と追い詰められていく。そして、とどめとばかりに放たれた宮城部長の言葉に完全に反論を封じられる。

「大体、お前は伊藤のどこが好きなんだ?」

「なっ……なんでそんなこと言わなきゃ……」

「お前の相談に半年以上乗り続けたのは誰だろう?私には聞く権利がある」

いや、ないよとは突っ込めない。宮城部長は怖いのだ。というか、あんた純粋に工藤先輩を思って行動してたの最初の方だけだろ。今、真顔だけど絶対面白がっているもの。

一方、工藤先輩は工藤先輩で羞恥と混乱で頭がシェイクされているのか、完全に圧倒されている。いい感じに戦力外だ。

仕方なく、俺も加勢しようと口を開い――

「全部よ!」

たところで、突然工藤先輩がそんな事を叫んだ。俺も含め、皆が呆気にとられた表情で注目する。例外はしてやったりという顔の宮城部長だけだ。そんな中、工藤先輩はヤケクソ気味に続く言葉を叫ぶ。

「優しいところも、意外と男らしいところも、笑顔が可愛いところも、ちょっとおっちょこちょいなのも、所帯染みたところも全部、全部大好きよ!悪い!?」

渾身の腹の底からの声に世界が止まったかのような沈黙。その中で工藤先輩が肩で息をする。

口火を切ったのは宮城部長だった。

「らしいぞ、伊藤。愛されてるな」

ポンと、俺の肩に手が置かれる。それが引き金だったかのように、今度は工藤先輩が動いた。というか、走った。道場の出口へ。多分、羞恥が限界を超えたのだろう。滅茶苦茶速い。

さて、ここで困るのは俺だ。何故なら、工藤先輩の方に視線を向けてた連中までもが、俺にそれを移したからだ。

穴があったらもう十年くらい引きこもりたい。十六年の人生でここまで精神的なダメージを受けたのは初めてだ。

ふと、誰が悪かったのだろうという、諦念混じりの疑問が頭をよぎる。煮え切らない俺か、状況を弁えず色々グッチャグチャにした挙げ句、俺を置いて逃げ出した工藤先輩か?

否、二人は被害者。真なる悪は他にいる。

バターンと道場の戸が勢い良く閉まる音を皮切りに、俺に質問の嵐をぶつける部員達。俺はその全てを無視して、宮城部長へと走った。

生還は期待していない。ただ、男には負けると分かっていてもドロップキックかまさなきゃならない時がある!!


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