小人さんとクマ君
漢字が多いですが、大人が子供に読んであげる事を想定しています。
ある村に小人が住んでいました。そこは大きな森で、森の中に村があるというか、村の中に森があるというか、とにかく木がいっぱい生えています。大きな森の木々の隙間にかわいいお家や住人達が見え隠れする、森と村が一体になったような場所なのでした。森は住人達を守るし、住人等も森を大切にする。そんな村なのでした。そこに住んでいるのはいろんな仲間達。怖い人間はいませんが、小人や妖精、動物達が仲良く暮らしておりました。なんで人間が怖いかって、人間は小人や妖精、動物を見つけると捕まえてしまうからです。だから小人や妖精、動物等は森の中にある村に隠れ住んでいるのでした。
その村の外れに、小人は小さなお家を建てて暮らしています。赤いとんがり屋根に丸い窓がついた家には立派な煙突がついていて、いつももくもくと美味しそうな匂いのする煙をはき出しています。猫の額程の狭い庭には小さな畑があって、ハーブや野菜、かわいいお花を少しばかり育てておりました。それから果物のなる木が一本。その小さなお家で、小人は毎日満足して暮らしていたのでした。
さて、小人は物をなくすのが得意です。大事にしている物ほどなくしてしまう天才。今日もこれから出かけるのに、なんという事でしょう。お気に入りの手袋が片一方見つかりません。出かけようと思って、お気に入りの青いコートを着て、いつも使っている真っ赤なポシェットをかけ、自分で編んだ真っ白い毛糸の帽子を被って、さあ出かけようと左手に手袋をはめたら右手の分がなかったのです。
「ええー、どこだろう」
小人は口をへの字にしながら、タンスの引き出しをかたっぱしから全部引っ張って探します。全部開けてみたのですが、見つかりません。もしかしたら奥の方にあるかもと、しまってあった服を引っ張り出して探してみました。小人は手袋の片一方を探すのに夢中で、服を元に戻したりはしません。手に取った服は邪魔だとばかりにそのままぽいぽい後ろに放り投げてしまいました。お陰で綺麗に畳んであった服はぐっちゃぐちゃ、山になって小人の後ろに積まれています。
「おかしいな、使った後、帽子といっしょにしまったと思ったのに」
小人はもう一度、帽子の入っている引き出しを探し始めました。引き出しの中に頭をつっこむようにして懸命に探しましたが、手袋は出てきません。ですが小人は代わりにステキな物を見つけました。
「あ、この帽子。この冬はまだ被ってない」
緑の毛糸で編んだ、同じ色の大きなポンポンがついた帽子です。これも小人が自分で編みました。
小人が探している手袋も緑色。ちょうど同じ色です。手袋は手の平の部分だけ、グレーとピンクのしましまになっていますが、同じ色同士ならお揃いみたいで似合うでしょう。
「こっちの帽子の方がこの手袋にはいいな」
小人は被っていた白い毛糸の帽子を脱ぎすてると、緑のポンポン帽子を被りました。小人が脱ぎ捨てた白い毛糸の帽子は、ピューっと飛んでいってベッドの上に落ちました。そして緑のポンポン帽子が入っていた引き出しは、元に戻そうとしても引っ張り出した服がはみ出してちゃんとしまらなくなってしまったので、小人はそのままにする事にしました。
「だって時間ないもの」
小人は今日はクマ君とお出かけの約束をしているのです。クマ君はいつも時間に正確。遅れた事なんてありません。反対に小人はいつも遅刻ばかり。だから今日こそは時間ぴったりに出ようと思っていたのです。
「それに絶対にこの手袋で出かけたい」
小人は手袋のはまっている左手を目の高さに上げました。何故なら緑にグレーとピンクのしましまが入ったこの手袋をくれたのはクマ君なのです。小人の誕生日プレゼントにこの間くれたのです。そして、今日はその後、初めてのクマ君とのお出かけ。だからなんとしてもクマ君にもらった手袋をつけて行きたかったのですが。
「んー、どこにやっちゃったんだろう」
小人は探しあぐねてしまいました。
小人が好きな色は緑色。だからこの手袋をクマ君にもらった時とても嬉しくて、次の日から早速使ったのです。そういえば、最後に使った時引き出しにしまったかしら。よくよく思い出してみたら、しまった記憶がありません。
「あ」
小人はパンと手を打ちました。
コートのポッケです。家に入る時に手袋を外してコートのポッケに入れた気がします。その時着ていたのは今着ている青いのとは別の黒い色のコートでした。うん、間違いありません。小人は急いで走って玄関の所にある、コートハンガーの所へ行きました。タンスとベッドがある部屋を出て、廊下を右に行くと玄関です。
「ないな」
コートのポケットを裏返してしっかり確認しましたが、右にも左にも手袋入っていませんでした。
どこにいってしまったのでしょう。あのかわいい手袋。
「外した後ポケットに入れたつもりが、どこかでかたっぽだけ落としたとか」
そう思った小人は玄関をあちこち探しましたが、やっぱりありませんでした。探す時に、靴箱を開けて入っている靴を出したり、スリッパの入っているカゴをひっくり返したりしたので、靴やスリッパで玄関はぐちゃぐちゃになってしまいましたが、小人は気がついていません。それどころか嫌な事に思い至ってしまったのです。
「家の中で手袋を外してコートのポッケに入れたと思ったけど、もしかしたら外で暑くなって外したかもしれない。ううん、そうだ。確かにそうだ、そうだった」
だとしたら大変です。家の中なら探せば出てきます。どんなに見つからなくても、この家の中のどこかにはあるはずなのですからいつかは必ず出てくるのです。ですが、外だったらもう二度と見つからないかもしれません。
「誰かに踏まれてるかも。それか風で飛ばされて木の枝に引っ掛かったりとか。もしかしたら川に落ちてどこかに流されてしまったかもしれない」
考えれば考えるほど、嫌な事しか思いつきません。左手にはまった手袋を見て、小人は悲しくなりました。こんなにかわいい手袋が、踏まれて土で汚れたり、風に飛ばされ薄汚れた姿になって木の枝に刺さって揺れている光景とか、びちょびちょにぬれて浮き沈みしながら川に流されていく様子なんかを想像してしまったからです。
ぶんぶんと小人は勢い良く頭を振りました。ダメです。そんな事になったら一番悲しむのはクマ君です。だって誕生日にもらったばかりなのにもうなくしたなんて。
「探しに行かなきゃ」
小人は慌てて靴を履こうとしました。靴とスリッパがぐちゃぐちゃになっているので、今日履いて行くつもりの靴を探さなくてはなりません。これは違う、右足発見。あれ左足の靴はどこかなあと靴とスリッパでごちゃごちゃの玄関の中から今日履いていく靴を発掘します。ちゃんと片付けながら探せばきっとすぐに見つかるでしょう。ですが小人はそんな事すら思い至りません。洋服ダンスの二の舞で、すっかり玄関もぐちゃぐちゃになってしまいました。
「あ、待てよ。もしかしたらここかも」
靴を探している途中で、小人はいい事を思い出しました。肩から斜めにかけている真っ赤なポシェット、いつも同じポシェットを使っているので、前に出かけた時もこのポシェットでした。もしかしたらこの中に入っているかもしれません。
そのまま玄関に座り込んで、中身を確認する事にします。だって時間がないのですから。
玄関に敷いてある敷物の上に中身を全部出しておいたら見やすそうです。敷物の上には何故かスリッパが落ちていて邪魔です。見にくいので腕で払って敷物の上から退けました。そしてポシェットの口を開けて、逆さまにすると中身が一気に落ちてきました。
お財布に、ハンカチ。クマ君に返そうと思っていた本。大事な事を書いておくノートとペン。美味しいアメ玉。出先でボタンが取れた時のためのお裁縫道具に、枝や葉っぱで手を切った時のためのバンソウコウ。本のお礼にクマ君にあげるクッキー。寒くなったら首に巻こうと思って入れたマフラー。喉が乾いた時のためのあったかいお茶が入った水筒。座って休憩したくなった時のための敷物。何か切りたい物が出てきた時のためのハサミ。
小さいポシェットにはぎゅうぎゅうにたくさんの荷物が入っていました。通りでゴツゴツして重い訳です。
「ないなあ」
出した物を一つ一つ拾ってポシェットに戻します。
「む。全部は入らないな。どうやって入れてたんだっけ」
おかしいです。中から出したから元に戻せるはずなのに、全部は入りません。
「ああ、もう。時間がないのに」
小人はイライラして、小さく丸めてポシェットに入れようとしていたマフラーをポイと投げ捨てました。マフラーはひらひら広がりながら廊下の向こうに落ちていきます。
「まあ、コートの襟をぎゅっとしめればマフラーなんてなくても平気」
マフラーをやめてもまだまだ全部は入りません。仕方なく小人は置いていく物と持っていく物をより分ける事にしました。
「敷物はなくてもいいや。土の上に座らなければいいんだし」
万一座っても、立つ時にお尻をパンパンと叩けばいいのです。ポイと小人に投げられた敷物が、マフラーのようにバサっと廊下に広がりました。
「ハサミも。なんで持って行こうと思ったんだろう」
さすがの小人もハサミは投げずに、自分の横にそっと置きました。ハサミを投げたら危ないですもんね。
「バンソウコウとお裁縫道具もいらないかな。怪我したり、ボタンが外れるような事しなければいいんだし」
ポイっと二つとも小人は投げました。バンソウコウは廊下に散らばり、お裁縫道具はポーチに入っていたのでそのままころんと床に転がります。
「お茶もいいか、買えばいいんだし」
小人は水筒をハサミの横に置きました。でもその時にハサミを見て、「待てよ」と思ったのです。
「お茶を買ったらお菓子も買うでしょ。そしたら袋を切る時にハサミがいるよな」
ポシェットにハサミを入れ、お財布を入れ、ハンカチと、クマ君に返す本とあげるクッキーは絶対必要。アメ玉も入りました。でもノートとペンが入りません。
「むう。クマ君に返す本を手で持って行ったら、ノートとペンが入るんだけど」
でもそうすると、クマ君に会ってすぐに本を返す事になります。もしクマ君が入れる袋を持っていなかったら、本は荷物になってしまうでしょう。クマ君の邪魔になってしまうから、できたら本は帰りにクマ君と別れる時に返したいのです。
「何をやめたらいいのかな。やっぱりハサミかな」
ハサミを出して、水筒の横に置きました。そうしたらペンは入りましたが、やっぱりノートは無理です。
「むう」
どれを抜いたらノートが入るかしらと出したり入れたり。向きを縦にしたり横にしたり。色々してみたら、どうやらクッキーを抜いたらノートが入りそうです。
「クッキーをあげるのは今度にするか。でも本のお礼にせっかく焼いたんだし」
このクッキーは美味しく作れた自信があるので出来れば今日渡したいのです。この次作った時も今日と同じに上手に焼けるかは分からないのですから。
「そしたらアメ玉かな。ガマンすればいいだけだし。なめたくなったら買えばいいんだし」
美味しいアメなのでクマ君となめたかったのですが、これはお店でも買えます。それにアメ玉をあきらめて、入っている物を色々動かしてみたら、ノートが入りました。
「うん。これで行こう。はっ、時間時間」
時計を見たらもうギリギリでした。手袋はまだ見つかっていません。
「あー、うーん。困ったなー」
あと探していない場所はどこでしょう。台所、ご飯を食べるテーブル、居間でくつろぐソファーの上。廊下にマフラーや敷物が落ちてるのを上手に避けながら、小人は駆け回ってみましたがどこにもありません。
「あとあるとしたら、あっ」
いい事思いついた。そうでした、あそこがあった。まだあそこを探していませんでした。
小人は洗濯室に飛び込んで、洗濯籠をあさりました。洗濯する前の汚れた服を入れておく籠です。またまた、洋服が散らばっていきますが、それどころではありません。もう本当に出ないといけない時刻なのです。
「あー、どうしよう。クマ君が来ちゃう」
仕方がないので、違う手袋にしようかと洗濯室から走って出ようとしたら、落ちていた服を踏んで小人はずるっと滑ってしまいました。
「ぎゃあ」
手足をバタバタさせてバランスを取ったのでなんとか転ぶのは免れました。足をうーんと突っ張って、両足を大きく開いた所で止まりました。
「ふう、お股が裂けちゃう」
やれやれと息を吐いた所で、元の体勢に戻ろうとしたら、滑ったその勢いで緩くなっていたのでしょう、左手にはめていた手袋がスルッと抜けて飛んでいってしまいました。
「あああ、ちょっと待ってえ」
小人は慌てて手袋を追いかけます。落ちている服や靴等を蹴散らしながら玄関の所まで飛んでいったのを拾った所に「カランカラン」とチャイムが鳴りました。
「うわあ、もうクマ君来ちゃったの。ええ、時間」
どうしよう待たせたらいけないと、小人は頭を抱えてウロウロしてしまいました。ドア一枚隔てた向こうにもうクマ君が来ていると思うと、焦ってしまってどうしたらいいのか分かりません。
「今何してたんだっけ」
ついでに何をしていた所かもも忘れてしまいました。アゴに指を当てて考えてみましたが思い出せません。手がかりを探そうと周りをぐるっと見回すと、家の中がまるで泥棒に入られた後のようにぐちゃぐちゃになっているのに気がつきました。
「ちょっと、どうして、いつの間に」
びっくりです。洋服があちこちに散乱していて、汚れた服もきれいな服もぐっちゃぐちゃに混ざり合ってどれだどれだか分かりません。おまけにポシェットの中から出した物までも、一緒になって転がっています。ハサミとか、水筒とか。なんでこんな状態になっているのでしょう。自分で自分が信じられません。
「カランカラン」
もう一度ベルが鳴りました。
「小人さーん。迎えにきたよお。準備できてるかい」
クマ君の声まで聞こえます。
「はーい。ちょっと待ってえ」
小人は慌てて声を張り上げました。ドアを開けるために床に落ちている物を拾って隅に寄せます。靴を探さなくっちゃ。
とりあえず準備はできているのです。帽子は被っているし、ポシェットもかけている。手袋は片一方だけだけどあります。今度は引っこ抜けないように仕掛かりはめましたから大丈夫です。
「なんなら、かたっぽだけはめて、もう片方の手ははポッケに入れておけばいいんだ」
そう閃いた小人は自分を褒めてあげたい気分になりました。それならきっとクマ君には片方だけしか手袋がない事はバレないはずです。もしはめている所を見せてって言われても、片方の手だけ見せればいいんです。
散らばった物で埋まっていた靴を見つけました。早速履いていると、またクマ君の声がします。
「まだあ。小人さん、大丈夫」
「うん。もうすぐ、もうすぐ出るよ」
むう、まだそんなに時間経ってないじゃないかと小人はむくれそうになりましたが待たせているのは確かなので、慌てて靴を履き終えると、ドアを細く開けました。自分の家が散らかっているのは分かっています、クマ君には見えないようにちょうど自分が通り抜けられる分だけ開けたのですが、クマ君の方が小人より背が大きいのを忘れていました。
「ちょっと小人さんどうしたの」
小人の頭越しに、家の中の散らかりぶりが見えてしまったのです。クマ君は目を丸くしています。
「あちゃー」
小人は額に手を当てて項垂れてしまいました。
「何かあったの。どうしたの、これ」
クマ君の声は心配そうだったのですが、小人には呆れているように聞こえました。
「違うの、ちょっと、探し物をしてて」
「え、そうなの。泥棒にでも入られた後なのかと思った」
小人は恥ずかしくてたまりません。そんなに散らかっているのでしょうか。だらしがない人と思われたかもと思うと顔を上げられません。
「ねえ、探し物ってもしかしてこれ」
俯いていると小人の目の前ににゅっとクマの手が出てきました。
「え」
持っているのは、小人が探していた緑の手袋です。
「あれ、あれ。どうして」
小人は思わず自分の左手を見てしまいました。ちゃんとはめています。右手も出してみたら、そっちは裸の手。
「あれ、これ。これ」
きょとんとした顔でクマ君を見上げると、にっこり優しい笑顔のクマ君がいました。
「この間、僕んちに忘れていったろう。君」
「あ、ああ。そうなの。そうなの、そうだったんだ」
「うん」
「プレゼントした時、はめて見せてくれただろう。その後脱いでしまった時に、片方忘れて行ったんだよ」
「私、どこかに落としたかもと思って探してたの」
「そうだろう。そうだろうと思ったよ」
言いながらクマ君は小人の右手に手袋をはめてくれました。
「わあい。これで出かけられるね」
小人は小躍りして喜びました。するとクマ君はちょっと怖い顔になりました。
「ダメだよ。このままじゃ出かけられないよ。君のうち、ちゃんと整理整頓してから出かけよう」
「えええ」
小人は顔をしかめます。やっと出かけられるのに、整理整頓なんてしなくないのです。
「大丈夫。僕が手伝ってあげるから」
「え、ならいいかなあ」
小人はクマ君が手伝ってくれるなら早く終わるかもと思いました。片付けは苦手なので、クマ君が手伝ってくれるなら助かります。喜んで、クマ君が入れるようにドアを大きく開きました。
「いらっしゃい」
「お邪魔します」
ペコリと頭を下げてクマ君が小人の家に入ります。家の中を見て、今日のお出かけは中止かなとクマ君は思いました。だいぶ時間がかかりそうです。
「終わったら出かけようね。この間、すごく景色のいい所を見つけたの。クマ君に見せてあげたいんだあ」
小人はニコニコ楽しそうです。多分終わらないから出かけられないよ、と思いましたがクマ君は何も言わないでおく事にしました。言ったら小人ががっかりしてしまうだろうと考えたからです。クマ君に悪いと言い出して、このかわいいニコニコ顔もやめてしまうでしょう。それは嫌なのです。クマ君は小人が大好きなのでいつもニコニコ笑っていて欲しいのでした。それにクマ君の方も、小人と一緒にいれさえすれば、何をしても楽しいからお出かけできなくてもいいやと思ったのです。
小人の小さなお家のドアが閉まります。小人とクマ君の姿も外からは見えなくなりました。
「それにしても、随分散らかしたね」
ドアが閉まる時に、小人にはクマ君の呆れたような声が聞こえたような気がしましたが、気のせいですとも。多分気のせいですとも。