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アンダーコントロール

 何でも一つだけ願いを叶えてあげよう。それはどんな願いでも構わないよ。

 え、と聞き返そうとしたとき、真っ白な世界がひび割れたガラスみたいに崩れ始めた。そしてバランスを崩したまま、真っ逆さまに足元から落ちていく。


 目を覚ました彰はカーテンのはためく隙間から、朝の日差しと冷たい空気がやってくることに気がついた。

「何でも願いを叶えてくれる、か」

 夢の中で白い口髭の大男が、彰に向けて放った言葉通りになるなら、どんなことを望むだろうか。

 億万長者になって、恒久な安泰を。声をかければ誰もが手を差し伸べてくれる確かな信頼を。病に苦しむことのない不死身の肉体を。

 挙げればキリのない、底無しの欲望が彰の胸を突き上げる。腕に繋がれたチューブからは絶え間なく送液される薬剤は朝の光を受けて鈍く光っている。

 白い天井には染み一つなく、透明な窓ガラスは曇りがない。凛とした外気を辿ると、青々とした山脈が遥かに聳えている。


 夜になっていた。彰はまた眠っていたらしい。部屋は冷気で満たされていた。看護婦も諦めたのだろう、窓はいつも開け放たれている。

 月明かりに照らされたリノリウムの床には飴色の雫がたまっていた。濡れたカーテンの裾から、ぽたぽたと融雪が音をたてていた。

「誰?」

 ベッドに横たわる彰は窓辺の影に声をかけた。黒い影は陽炎のようにゆらめきながら、一歩一歩近づいてくる。

「こっちに来ないで」

 彰は叫ぼうとしたが、声が掠れてしまっていた。俄に薄雲が月光を包む。室内は夜のヴェールに飲み込まれた。それでも確かに黒い影は忍び寄ってくる。彰はこめかみが痙攣し、背筋に鳥肌がたつのを覚えた。

 どっと風が吹いて、粉雪がベッドの端から天井を舞う。まるで細かく砕いた宝石の嵐のようだ。生涯で見たことのないほど美しい光景。魅了されていた彰の頭が冴えてきた。そうか。

「もう時間なんだね」

 影のような形をしている漆黒に彰は尋ねた。か細い声は届かなかった。それとも深い闇が口を開けているだけで、初めから何もなかったのかも知れない。

 いつの間にか彰を襲った悪寒が失われていた。こめかみの痺れも、ひきつっていた喉仏さえも。腕に刺された栄養チューブも、洗いざらしのシーツも消えていた。

 妙なる吹雪のダンスも、遥かな山嶺だってどこかに去ってしまった。いや、もしかしたら或いは(了)



いずれはアウトオブオーダー

それまではアンダーコントロールを

できる限り続けられたら



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