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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

瞑想

作者: イツカ

夜の空気は良い匂いがする。寝室の窓から、網戸越しに鼻いっぱい吸い込んでは吐き出す。そうしているうちに、いてもたってもいられなくなり、窓から外に出た。


ひんやりと涼しい冷気が全身を包み込む。今夜は月の無い夜だ。その分、小さな星々の輝きが際立つ。私はまた深呼吸をした。


今夜はどこへ行こうか。北アルプスの霊峰に登って、より一層美しい夜空を見に行くか。それとも中国の、真っ赤な灯りがともる繁華街を散歩しようか。そうだ、そうしよう。


そういえば、手ぶらだった。まずはコンビニに行って、旅の準備をしなくては。大丈夫、パスポートも護身用の銃もそこで買える。


私はコンビニに入った。足の裏が冷たい。そういえば裸足だった。靴も買わないと。カウンターにはパスポートと銃と靴が置かれていた。そういえばお金を持ってきていない。


覆面の男が入ってきて、店員に銃を突きつけて、金を出せ、と言った。私はカウンターの銃を取って、男を撃ち殺した。店員は泣きながらお礼を言って、パスポートと銃と靴をくれた。


さて、中国の繁華街へ行こう。いやまて、せっかくパスポートを手に入れたのだから空港へ行こう。空港へは車で行こう。だが、辺りに車はない。


一台の黒い車が向こうからやってきた。運転しているのは逃走中の指名手配犯だろう。私は銃を構え、引き金を引いた。車が止まり、警察は瀕死の指名手配犯を引っ張って行った。警官の一人が泣きながらお礼を言って、車をくれた。


空港まで、黒塗りの車を猛スピードで走らせる。時速は100キロ、200キロ、300キロ……。開けた窓から吹きつける風が気持ちいい。途中で何人か轢いたようだが、全員凶悪犯罪者だろう。


空港に着いて手続きを終えた私は、椅子に腰掛けた。飛行機の出発まであと2時間もある。早く着きすぎたようだ。私は係員に頼んで、出発時刻を早めてもらった。


私を乗せた飛行機が離陸した。遠ざかる町の光をぼんやりと眺めているうちに、自分で操縦したくなってきた。しかし免許を持っていないし、機長は許してくれないだろう。


なんとなくコックピットへ行くと、やはりハイジャックされていた。軍服の男が機長に銃を向けている。私も銃を出して軍服の男に狙いを定める。軍服の男と私は同時に発砲し、コックピットには私しかいなくなった。パイロットは機長ひとりだったようだ。こうなったら私が操縦するしかない。私は操縦桿を握った。


初めての飛行はあっけないくらい上手くいった。上海の空港に着陸した私は、早速観光を始めた。極彩色の夜景。淡く紅を放つ灯籠がどこまでも吊られて並ぶ繁華街を、目的も無く歩く。いや、これこそが目的なのだ。観光とは美食巡りをすることでも、良いホテルを物色することでも、歴史的建造物を指差してあれはいついつ誰々が建てたのだと知識をひけらかし合うことでもない。ただそこにある風景を見て、各々が心の中に何かをもたらされることだ。それ以外のことに価値を求めてしまうのは、観光とは言えない。


だが私の純潔な観光は束の間に汚されることになる。家々の屋根の上にちらほらと感じ取れる気配。闇に紛れて駆ける黒い影。彼らは私を狙っているのだ。理由は分かる。あの軍服の男を殺したからだ。


私はなるべく人通りの多い道を歩いた。だが、彼らの包囲は着々と狭まってきている。このままでは捕まるのも時間の問題だ。それなら、一か八か。私は銃口を天に向け、ありったけの弾丸をぶっ放した。通行人たちは悲鳴を上げて散っていく。私の周りに誰もいなくなったのを見て、彼らは一斉に地上へ降り立った。全員が物騒な武器を手にして、私を囲むようにじりじりと詰め寄ってくる。そして、ひとりの男が刀を振りかぶって突進してきた時、弾丸の雨が降り注いで、彼らは一人残らず地にくずおれた。


銃弾が切れてしまった。彼らの死体から武器を奪ってもいいが、追い剥ぎは趣味に合わない。今回の旅はここまでということだろう。私は死体の山に銃を投げ捨て、空港へ戻る道を歩き出した。


帰りは何も起きなかった。ハイジャックも指名手配犯の逃走もコンビニ強盗も。銃が無いからかもしれない。何事も無く、自宅のマンションにたどり着いた。エレベーターが口を開けて私を待っていた。急がねばならない気がした。


エレベーターを降りると、自室はすぐそこだった。扉は既に開いている。私は吸い込まれるように中に入った。


寝室には男がいた。窓から上半身を外に放り出して、幽霊のように体を揺らしている。私はその男の腰にしがみついた。無意味だと知りながら。


体の重みが消えた瞬間、男も消えた。同時に世界の音が蘇り、そして消えた。


月の無い夜だった。

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