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「それで……ヒュドールは何と?」
「………。」
そうクリスタが尋ねるが、マシューは嫌そうに目を伏せるだけ。
「なぁ、マシュー!ヒュドールは何て言ってたんだ?」
「………チッ。」
ベンヴェヌードの問いにはイラッとして舌打ちをした。
「…………。」
これ以上は聞かない方が良い、そう察したクリスタはベンヴェヌードに向かって静かに首を振った。
『マシュー』ではなく『クリスタ』へのメッセージだ。きっとマシューにとって聞きたくない言葉も送られてきたのだろう。
「ヒュドールから、お前の持つオレの指輪を守って欲しいと『マシュー』に伝えてくれと言われた。」
マシューがクリスタの銀の髪をさらりと撫でると、そのまま指でクリスタの首も撫でた。
「親友とは言え、一度だけしか会ったことのないお前にこんな事を頼むのは気が引けるが…マシューにしか頼めないんだ。」
指輪……それは今もクリスタの服の下にある。
「ヒュドールからの伝言。確かに伝えたよ。」
ヒュドールからの伝言にあった『マシュー』はクリスタの事だ。
「なぁんだ!マシューが話すの嫌そうにしてるから、兄貴が前にクリスタ……じゃなくて、マシューに書いてた手紙みたいに愛してると君は薔薇より美しいとかそんなんだと思って……!!」
マシューから漂う絶対零度の怒りにベンヴェヌードか凍りついた。
どうやらブルーノの手紙のようにヒュドールからも愛の賛辞を贈られたらしい。
「あの、お兄様。」
ヒュドール、指輪を守って欲しい、指輪を持つマシュー……そしてスパイや盗聴。
これまでの話を聞いて、クリスタの中に1つ疑問が生じた。
「もしかして、この指輪を奪おうとする者に狙われているのですか?」
指輪を渡された『マシュー』はクリスタであると知っているのは、ラフォレーゼの者とベンヴェヌードだけだ。
渡したヒュドール本人すら知らないのに、ヒュドールの敵が知る訳がない。
「私の性格をよく知っているお兄様なら…私がこの指輪を守ろうとするとおわかりになられたのでしょう?だから冬の長期休暇はリッチフォースの領地で過ごすと触れ回ったのではありませんか?」
リッチフォース領の人々はスパイや盗聴にはおおらか?だが、敵と認識した相手には容赦ない人々だと聞いている。
「家族を連れて来る事で私が『マシュー』ではなく『クリスタ』であり、この指輪を奪おうとする者を私ではなく『マシュー』であるお兄様に引きつける為に。」
指輪を持つのはヒュドールとベンヴェヌードの親友である『マシュー』であり、『クリスタ』ではない。指輪だけが狙いであれば、クリスタを『クリスタ』として認識させれてマシューがこのままリッチフォース領に残ればクリスタは安全だろう。
「お兄様は、もうマシュー=リッチフォースになるのですか?」
マシューはいずれリッチフォースに養子となる予定ではあった。
クリスタはそれがいつかになるかは知らないが、クリスタの為に早めるのではないかと予想する。
「リッチフォースに養子に来るのはずっと前から決まっていた事だよ。クリスタがゲートを開けるようになったし、いつでも会えるんだ。数年早める位構わないさ。」
マシューはそう言うとクリスタをニコッと笑った。
これは肯定の微笑み。
きっとマシューは指輪を奪おうとする者に狙われているのだろう。
クリスタは知らぬ間に守っていてくれた兄の愛情の深さを改めて知った。




