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「すまない。父さんが騙されたばっかりに…。」
詩織の最期の記憶は、嘆く父の言葉だった。
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「今日は詩織の好きな唐揚げをたくさん揚げるからね。部活が終わったらすぐに帰ってくるのよ。」
「やった!お母さんの唐揚げ大好き!!」
「父さんもケーキを買って帰るからな。」
「うん!ホールでね。」
「詩織〜、誕生日おめでとう。お姉ちゃんからのプレゼントを楽しみにしてなさい。絶対喜ぶから!」
「ありがとう!何もらえるか気になる〜!」
詩織にとっていつもよりちょっと特別な朝の、幸せで笑顔の溢れる食卓。
「行ってきまーす!」
特別な朝じゃなくても、こんな幸せな朝が毎日続くと思っていたのに。
詩織が学校から帰った時には何もかもが壊されていた。
「あれ……お姉ちゃんのカバン?」
家の前の門の横、地面に無造作に投げ捨てられたかのように置かれたカバンは、詩織の姉が大学に持って行くのに愛用しているカバンだ。
駆け寄って拾い上げると、半分開いたチャックの隙間からラッピングされたプレゼントがはみ出ている。
「私へのプレゼントかな?」
絶対喜ぶから、と言っていた姉。
何故こんな所に?と家に視線を向けて、詩織は愕然とした。
「!?」
玄関のドアを無理矢理蹴り倒したかのように壊れ、その壊れたドアの隙間から汚れた廊下が見える。
「お、お姉ちゃんっ!!」
ここに姉のカバンがあると言う事は詩織より先に姉がこの惨状を目にしたのだろう。
姉のカバンを拾い上げて壊れたドアをこじ開けて中に入ると、土足で何人もの人が押し入ったのか廊下が酷く汚れ花瓶も割れている。
「お姉ちゃん、どこ?」
家の中を土足で歩くのは気が引けるが土足のまま家に上がると、さらなる惨状に目を疑った。
「酷い…、家の中がめちゃくちゃじゃない。」
リビングに行くまでの壁には無数の穴があり、掃除の行き届いた綺麗な廊下が見るも無残な状態だ。
リビングへと続く扉も壊れていたが、意を決して開くと更に衝撃的な光景が詩織の眼下に広がった。
「な…な、にがあったの?」
家具が、何もない。
テレビも
テーブルも
ソファも
カーテンも
父の自慢のギターも
母のお気に入りのプリザーブドフラワーも
姉の買ったタペストリーも
ない。
「そうだ……お姉ちゃん!」
姉がいるはず!
急いで2階にある姉の部屋に向かうが、階段も所々壊れていて登り辛い。壊れた階段の破片で切り傷を負いながらも駆け上がると、姉の部屋の前で力なく座り込む父の姿があった。
「お父さん!!」
姉の部屋には本来あるはずのドアがない。
そのドアのない姉の部屋を空虚な目で見る父だったが、詩織の声を聞き、壊れたロボットのようにぎこちなく詩織の方へと振り返った。
「父さんが友人の娘さんが病気で…手術に大金が必要で…。」
開け放たれた部屋の中では、泣きながらベッドにすがりつく母の姿がある。
「必ず返すと約束だったのに……。だから保証人になったのに!!」
嫌な音を立てて高鳴る鼓動で胸が痛い。
「まさか、、、こんな事になるなんて。」
母のすがりつくベッドの上を見ると、引き裂かれた服を身に纏い、虚ろな目で横たわる姉がいた。
「すまない。父さんが騙されたばっかりに…。」
詩織の詩織としての記憶は父の後悔の言葉で終わる。
不意に外が白く輝き、その白い光が一瞬にして世界を飲み込んでしまったの。