初バイトなのじゃ!
「……なぜじゃ」
働きはじめてから一時間が経過。けれど、麗華のところの試食は一向に減らない。
彼女は制服の上からエプロンを着て、試食のチーズをのせた皿を掌に乗せて立っている。
足腰は強いので問題はなかったが、美貌を持つ自分のチーズが全く試食されない現実に彼女は首を傾げた。
「ふーむ。どうやらこのチーズ、よっぽど味が優れないのであろうな」
売る側として決して言ってはいけない台詞を平然と口にし、チーズを一つ取るとポンと口の中へ入れてみる。噛んで味わい飲み込んだ後、彼女は頬を赤潮させ。
「美味いのじゃ。塩味といい食感といい、悪くはない。いや、むしろ上質じゃと思うのじゃが、なぜこれが全く試食されんのじゃ」
その時、キラキラとした気配を感じ横を見ると、彼女からほんの三メートルほど離れた先にチョコを担当している中年女性がいた。彼女は試食コーナーを担当して一三年のベテランであり、会話が巧みなために主に女性を惹きつけ人気を獲得していた。女性ばかりか男も女も子供も、彼女の元へと集まる。一瞬、麗華と女性の視界があった途端に、おばさんは勝ち誇った笑いをした。
麗華は愛用の白いハンカチをぐっと強く握り。
「あのオバサン、私に挑戦状を叩きつけたとみた! こうなればあのオバサンに負けるわけにはいかぬのじゃ! 挑まれた勝負、完勝して私の実力を見せつけてやるのじゃ!」
妙な対抗意識を抱いた麗華の瞳に赤い炎が宿った。