なでなでされるのは嬉しいのじゃ
縄を自在に伸ばして客の動きを封じてチーズを購入させ、最後はキスのおまけで和ませるという麗華の無茶苦茶な作戦はよくも悪くも目立っており、賛否両論であった。アトラクション感覚で近づく者、麗華の美貌に興味を示した者、単純なチーズ好きなど客の思惑は多種多様であったが、とにかく彼女の担当したチーズは完売し、バイトを終了することができた。麗華も伊集院流の奥義を多用したこともあって額に汗を浮かべ若干の疲労の色を見せていたが、それでも給料をもらうと大喜びとなった。更に彼女にとって幸運だったのは、夕方になりスーパーが割引セールをはじめたのだ。
そのため最初に店を訪れた時よりも格安の値段で目当てのものを購入できた。
麗華は胸をはり、大股で鼻歌混じりで一郎の家へと目指す。
「これでママ殿も許してくれるじゃろう。それに私の懐にも金が入ったのじゃ。
少々大変ではあったが私の美しさも店の客にアピールできたし、良い効果じゃ。
これからは一郎を学校に行かせた後はあの店で小遣い稼ぎでもしようかの――」
そんなこんなで独りごとを呟きながら、扉のドアノブを回す。
「ただいまなのじゃ!」
「遅かったわね。もう7時よ」
玄関を開けると同時にドアップで麗華の視界に映ったのは一郎の母だ。
「すまぬママ殿。ちょっとバイトをしていたのじゃ。でも、そのおかげで、ホレ、ちゃんと冷蔵庫のものを補完できるだけの食料を買ってきたのじゃ」
大威張りで幾つもの袋の中身を見せる、麗華。すると一郎の母は初めて笑い。
「よくできたわね。偉いわ」
「褒められて嬉しいのじゃ」
頭を撫でられ少しもじもじして照れる。
しばらく頭を撫でていた一郎の母は、ふとこんなことを言った。
「ところであなた、どこの誰なの? どこをどう見ても学生にしか見えないのだけれど」
「私は伊集院麗華じゃ!」
「家はどこなの?」
「アニメの中じゃ」
「そう。アニメの中……って、えええっ!?」
これまで麗華を手玉にとっていた一郎の母だが、今度は逆に彼女の発言に驚く番となってしまった。