私が来たのじゃ!
「学校に行くのじゃ!」
その日、栗田一郎は聞きなれたで目を覚ました。眠たい眼を擦り、視界をクリアにすると、そこには仁王立ちになった美少女がいた。腰までかかる艶やかな黒髪にセーラー服。背中には白い翅を生やし、腕を腰にあてて偉そうに胸を張っている。少女の姿を見た一郎は恐る恐る訊ねる。
「その声、もしかして僕の推しの伊集院麗華!?」
「うむ。その通りじゃ。私は伊集院麗華。正真正銘の本人じゃ。さて、名乗ったところで一郎とやら、君は今日から私と学校へ行くのじゃ」
「やだ」
一郎は即答し、布団を頭まで被る。
すると麗華は地団太を踏み、布団を引き離そうと試みる。
「学生の本文は勉強じゃろうが。それに、日中暗い部屋に引きこもってばかりいては身体が弱るとは思わんのか」
「別に弱くなってもいいよ。僕は一生この部屋で暮らす」
「うぬぅ。何があったのかは知らぬが、このような狭い部屋で若者が一生を終えるなど寂しいことを言ってはいかんじゃろ。私も一緒に通ってやるから、支度をせんか」
「いくら推しの頼みでも聞けない事だってあるよ」
「強情な男じゃな、君は。私と一緒に登校できるなど、もう二度と訪れぬかもしれぬのじゃぞ。
目の前に訪れたチャンスを何故掴もうと手を伸ばさぬのじゃ!」
「チャンスなんてどうでもいいよ。誰が相手でも僕はこの家から出る気はない」
「……ということは君は食事や用を足すときは外に出るのじゃな」
「当たり前じゃないか」
「活動範囲が家の中だけとは、悲しいものじゃ。じゃが、希望は出たぞい。君は先ほど部屋の中で暮らすと言ったが、実際はそうでないと知って些か安心した。あとは、勇気を出して玄関から外へ飛び出すだけじゃ! 君ならできると私は信じている! さあ、輝く未来へ向かって飛び立つのじゃ! ロケットのようにばびゅーん! とな」
天井を指差し、高笑いする麗華。だが、一郎の反応は無い。布団を亀の甲羅のように背負い、ベッドの中で要塞と化している。
「たった今あったばかりのアンタが僕の何を分かるっていうのさ」
「ぐぬっ……痛い所を突く小僧じゃ」
「聞こえているよ」
「この小僧、心眼まで使えると申すか。さては君はただの引きこもりではないようじゃな!?」
「アンタが自分で本音を口に出したんじゃないか」
「不覚!」
盛大に四肢を床につき凹む伊集院。
だが、次の瞬間には立ち上がると布団を掴み、一気に捲った。
中からはパジャマ姿の一郎が顔を出す。
「ハハハハハハハハハハ! これぞ我が伊集院流の狸寝入り戦法なり!」
「返してよ」
「そうかいかぬの。私はこれよりこの布団をもって元の世界へと帰還する!
返して欲しくば大人しく学校に通うと誓えい!!」
「お断りだよ」
「交渉は決裂のようじゃな」
ニヤッと悪戯っぽく笑った美少女は踵を返し、テレビを見つめる。
「ならば私が取るべき行動は1つのみよ! 先ほどの宣言通り、布団をもって帰還する!
どうだ参ったか若造! 私に勝とうなど百年早いのじゃ!」
捨て台詞を口にしてテレビに向かって全力ダッシュ。そしてダイブ。
結果として彼女はテレビに顔面を強打し、悶絶する羽目になった。
「何故じゃ!? どうして元の世界に帰れぬのじゃ!?」