094 戦後処理
北の帝国の艦隊が撤退した。
今回の戦いで7隻の陸上戦艦を撃墜され、3隻に被害を受けたとなると、さすがにしばらくは侵攻して来れないだろう。
北の帝国が何隻の陸上戦艦を保有しているのかはわからないけど、撃墜した艦の中には魔導砲が生きているものが2隻もあり、虎の子までも出撃させてきた形跡があった。
ズイオウ山とリーンワース王国に向かって来た陸上戦艦のうち4隻(+中破3隻)と北の要塞を突破しようとした陸上戦艦のうち4隻が生き残り撤退していった。
元は15隻と8隻の艦隊だったと思うと、その半数が撃破されたことになる。
今回の侵攻が失敗に終わったことで、北の帝国にまだ同数の陸上戦艦が残っていたとしても侵攻を躊躇するだろう。
となると、今回に倍する数――おそらく50隻ぐらい――でないと勝てないと思ってくれたことだろう。
俺は大破した陸上戦艦7隻と丸々無事な1隻を手に入れた。
丸々無事な1隻とは陽動作戦で別行動をしていたあの艦だ。
敵艦隊が北に向かったと誤認させる任務だったようだが、魔導レーダーにより艦隊の動きは筒抜けだったため、陽動になっていなかったのだ。
これは北の帝国が魔導レーダーにはアクティブとパッシブの二つの機能があることを把握していなかったためだろう。
そのため本隊が撤退したとは知らずに単艦でずっと航行していた。
それをエルシーク以下5隻の艦隊で包囲し降伏させて拿捕に至った。
北の帝国はこちらが鹵獲した陸上戦艦を修理して使っていることも知っているはず。
北の要塞で修理した陸上戦艦をこれ見よがしに見せて来たのはそのためでもある。
8隻もの陸上戦艦が増えると考えれば、こちらの戦力はさらに倍になる。もう攻めて来る気も起きないだろう。
むしろ、北の帝国には逆にどう国土を守るかで頭を抱えてもらいたいところだ。
北の要塞では要塞に設置した重力加速砲が4隻の陸上戦艦を葬ったという。
本隊がリーンワース王国王都を攻めることで、北の要塞守護の戦力を分散させられたと思ったらしい。
だが、オライオン、パンテルに加え、リーンワース王国所属のリグルド、ジーベルドの4隻は動くことはなかった。
それも北の帝国にとっては当てが外れたのだろうが、最も驚いたのは要塞に設置されていた重力加速砲の方だったようだ。
犠牲を厭わず峡谷を強行突破して来た敵艦隊は、こちらの陸上戦艦と対峙することなく重力加速砲の餌食になった。
その貫通力と発射速度に敵艦隊は4隻を盾として犠牲にし慌てて撤退、北の要塞を攻略することを諦めたそうだ。
おそらく北の帝国は今後の侵攻を諦めるだろう。
だが、北の帝国は正式に降伏などはしない。
降伏するのは帝都が落ちることがあってからだろう。
なので戦争が終わったとは言えないし、戦後賠償なども受けられはしない。
出来ることは捕虜となった帝国の軍人――特に艦長クラス――を身代金を受け取って帰すぐらいだろう。
その捕虜の扱いが面倒なので全てリーンワース王国に丸投げした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◆
「北の帝国の捕虜だ。後はよろしく」
俺はリーンワース王国の転移魔法陣に転移すると捕虜を押し付けて、直ぐに帰ろうとする。
面倒事の押し付けは有無を言わせないのが基本だ。、
「クランド陛下、しばし待たれよ!」
俺が直ぐに帰ろうとすると、近衛騎士団長のブライアスが俺の帰還を慌てて止めた。
どうやら国王とリーンクロス公爵の爺さんが俺に会いたいらしい。
「大事な話だとのことだ。必ず連れてまいれと命令されている」
泣きそうな顔のブライアスに俺は仕方なく付いていくことにした。
彼も板挟みで辛いだろう。会うぐらいなら何も問題ない。
その話の内容に関しては別だが……。
謁見の間ではなく、国王の執務室にそのまま通される。
こんな顔パス状態、たとえ外国からの国賓でも滅多にあるわけがない。
俺も義理の息子としてリーンワース王国に馴染んで来ているのかもしれない。
「これは国王陛下、ご機嫌麗しい様子、何かありましたか?」
社交辞令で挨拶をする。
国王が渋い顔をする。
これは貴族語で「俺は機嫌が悪い。さっさと帰せ」という意味になる。
まあ帰りたいのは事実だけど、機嫌が悪いわけじゃないんだけどね。
「此度の北の帝国撃退と帝都防衛、感謝しておる」
国王が頭を下げる。
国王が頭を下げるなど、あまりあってはならないことだ。
まあ帝都に向かう北の帝国の陸上戦艦の残骸を見たら、どれだけの危機だったか国王にも理解出来たのだろう。
「その褒章を出したくて呼んだというわけなのじゃ」
え? 褒美をくれるの? なら話は別だわ。
喜んで受け取りましょう。
「うちにはまだ娘がおってな「それは遠慮します」」
俺は食い気味に嫁入りを拒否する。
苦笑いするリーンクロス公爵。
「つれないのう。ならズイオウ山の領地を租借から贈与にしよう」
え? くれるの?
借りてる物はいつか返さないといけないと思っていたけど、もらえるならありがたい。
都市整備には金と労力をかけているからな。
まあ、あそこに俺の戦力があれば、北の帝国からの守りになるという腹積もりもあるか。
今回のように王都を守ってもらえるなら安いものだろう。
「おお、それは有難い」
「婿殿には、末永く我が国と友誼を結んでもらいたいからの」
「お気持ち感謝します」
俺は租借が贈与になったことで有頂天になっていた。
「ところで、北の要塞のことなのじゃが」
「はあ」
北の要塞? 何かあったか?
「鹵獲した陸上戦艦が4隻あってのう」
ああ、それか!
大破鹵獲した陸上戦艦は例の如く第13ドックへ持って行って修理して使うことになる。
うちで鹵獲した7隻+1隻は修理と整備で既にドック入りしている。
ここで話題に出ているのは、北の要塞で撃破された敵陸上戦艦4隻のこと。
これは俺が製造してリーンワース王国で使用している重力加速砲が撃墜したので、権利が丸々リーンワース王国にある。
その4隻も直してほしいということだが……。
前の2隻に、この4隻を加えたらリーンワース王国の陸上戦艦は合計6隻になる。
善からぬことを思いつく輩が出なければ良いが……。
「直すのですか? 高いですよ?」
俺は少し牽制してみる。
「かまわぬ。欲しければ他の土地もやるぞ?」
金じゃなくて現物支給か。
そのうちリーンワース王国を全部もらうことになるぞ?
うーん。どうしようか。
北の要塞にオライオンとパンテルを張り付かせておくのも負担になっているからな。
何より乗組員が常駐になっているのが可哀想だ。
定期的に入れ替える予定だけど、それが要らなくなるのは大きいか。
そうだ、あれを認めてもらおう。
「わかりました。修理しましょう。
その代わり認めていただきたいことがあります」
「何じゃ?」
「以前、南の蛮族の地までリーンワース王国を通って行ったことがありましたよね?」
「ああ、あったの」
「あの時、南の蛮族の土地を刈り取りまして、そこを我が国の領土と認めてください。
それと他にも土地をください」
国王がホッとした表情を見せる。
もっと無理難題を言うと思われていたらしい。
俺はそんな無理難題を言ったことはないはずだが。
「そんなもので良ければ認めよう。それと娘もつけよう」
どれだけ俺との繋がりを欲しているんだ。
また娘が付いて来たよ。
「娘さんは充分です」
「しかし、南の蛮族の土地を統治するには都合の良い娘じゃぞ?」
え? 何それ? まさか……。
「こんなこともあろうかと、南の蛮族の有力者の娘を妻に迎えておる。
その娘と儂の間に出来た子じゃ。この繋がりはきっと役に立つぞ」
国王……。
融和政策に政略結婚を使いすぎでは?
「善は急げじゃ。おい、シンシアを呼んで来るのじゃ」
国王はベルを鳴らすと執事を呼び、娘のシンシアを呼びに行かせた。
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「父上、いかがされたのですか?」
シンシアが国王執務室にやって来る。
驚いた。シンシアはエルフだ。
あの特徴的な長い耳――笹耳――の美少女だ。
南の蛮族ってエルフだったのか。
「おう、シンシア、こちらがお前が嫁ぐクランド陛下じゃ」
国王が、速攻で嫁入りを伝えた。
まだ俺は受け入れるって言ってないよね?
「まあ、クラリスが嫁いだあのクランド陛下ですの?」
シンシアはクラリスの1歳上の姉で仲が良いらしい。
この前の里帰りでいろいろ聞いていたらしく、俺に興味津々のようだ。
「そうだ。今日から婿殿のもとへ行くのじゃ」
「え?」
それで決まっちゃうの?
「南の土地を手に入れるにはエルフと折り合いをつけななければならないじゃろ。
話を聞くと彼の地は荒れ地でエルフもさほど重要視していないだろうが、有力者の縁者を嫁に持てば話が速いぞ?」
「国王陛下、ありがとうございます」
シンシアの嫁入りが決まった瞬間だった。
国王もイケメン老人だからエルフの血の入ったシンシアは更なる美人だ。
喜んで嫁いでくれるなら断る理由がもうなかった。




