074 リーンワース王国
たまたま設定した時速40kmの巡行速度だが、後から考えるとこんなに都合の良い速度はなかった。
リーンワース王国における国内通行許可がこの陸上戦艦に出ているという情報は、ワイバーン便によって王都から各都市へと届けられている。
こちらが、それより速い速度で航行していたら、通達を追い越してしまうところだった。
ワイバーン便が王都を立ったのが2日前だとしても、ワイバーンは1日中飛んでいられるわけではない。
要所要所で休憩をとったり中継都市で他のワイバーンに通達を分配したりしていれば、いくら時速100kmも出せるワイバーンでも、ルナワルドが後ろから追い抜いてしまった可能性がある。
味方から攻撃を受けずに安全に航行するためには、時速40kmはまさに最適な速度だった。
リーンワース王国の都市は、主要街道により繋がっている。
その都市は地方領主である貴族の治める領都であり、その間を街道で繋げ、物流が活発に行われるようにと考えられている。
都市の間の街道には街が点在し、その間隔は馬車が1日で走破できる距離だと言われている50kmとだいたい決められている。
まあ地形によって所要時間が変わるので距離が前後するのは当たり前だ。
都市と都市の間隔がきっちり50の倍数ということもないだろうしね。
陸上戦艦は空中に浮上して航行するので、障害物を避けたうえ、道なき道を悪路だろうが移動することが出来る。
街道から外れて航行できるので、そういった街に寄ることも無く直線距離で目的地に向かうことが出来るのだ。
通達が行っているとはいえ、地方領主の領都に寄ってしまったら、挨拶ぐらいはしないとならないだろう。
王家に良い顔をしたいとか、貴族のメンツで俺達を接待したいなんてなったら面倒なことになる。
一応俺はリーンワース国王の娘婿だしね。
なのでなるべく人里離れた土地を航行するようにしていた。
王都に寄るなんて選択肢は最初から用意していない。
だから王都のある南を避けて初めから進路を南西にとったのだ。
しかし、この世界の地図というものが、こんなに適当なものだとは思っていなかった。
ズイオウ山から南に行った先に王都があるはずだった。
俺達は南西に向けて進路をとっていた。
なんで目の前に王都が見えて来る?
いや、西の大河とズイオウ川に挟まれた広大な平野に王都があることは知っていた。
西の大河が南西へと向かっていることも知っていた。
南に向かっていた街道がいつのまにか西南西に向かっているなどとは思いもよらなかった。
徐々に街道が寄ってきて、広大な草原と森を抜けた先に王都が見えて来た時は、どこの領都に出てしまったのかと思ったものだ。
「王都はズイオウ山の南だって聞いていたけど、アバウトすぎないか?
たしかに南側だけどさ」
軍のワイバーンがルナワルドをみつけて寄ってくる。
舷側に描かれたキルト=ルナトーク=ザールの国旗を見て友軍と確認し、エスコートを始めた。
リーンクロス公爵が識別のための国旗をしっかり報告してくれていたらしい。
「ここで逃げるわけにはいかないよね?」
ティアがジト目で見つめて来る。
「無理に決まってます」
「だよね」
「もう……」
ティアがため息をつく。
「王都で国王陛下に謁見するなら、貢物が必要です」
「そんなもの……。ああ、インベントリにあったわ。レッドドラゴンの鱗でいいかな?」
「レッドドラゴンなら30枚ほどが妥当でしょう。
それと……」
ちょっとティアが考え込む。
「最初から訪問するつもりだった体で行きましょう。
主君はクラリス様を転移で迎えに行ってください。
ご懐妊の報告もあり里帰りで寄ったと思わせます。
主君の正装一式と私のドレスも用意してください」
「なるほど。その手があったか。
衣装も騎士としてなら鎧でいいけど、ティアは妻として謁見しないとならないからな」
「はい。それと謁見のマナー、知ってますか?」
「いや、ぜんぜん」
「主君は他国の王であり娘婿でもあります。
遜る必要はありません。
臣下ではないので国王陛下の前で跪くようなことがあってはなりません」
「ああ、そうなるのね」
「クラリス様と私を一歩後ろに従えるように心がけてください。
騎士たちは帯刀のまま従いますが、玉座の前では跪きます。
主君はそのまま国王陛下に歩み寄りください」
めんどくさいけど、下の立場で作法がどうのとならなくていいなら楽だな。
「なんとなくわかった。
普通でいいんだな?」
「威厳は忘れないで下さいよ?」
急いでキルトタルの魔法陣に転移する。
ズイオウ租借地ならどこでも好きな場所に転移できるけど、その場に人がいると面倒だし、この魔法陣に転移すれば魔力も少なく済み、楽に安定した転移ができる。
使わない手はなかった。
「クラリスはいるか?」
俺は農園屋敷に入るとクラリスを探した。
「アリマ、正装を一式用意してくれ。俺とクラリスとティアの分だ」
「旦那様、急にどうされたのですか?」
「ああ、クラリス。王都に辿りついたんだ。
義父上に挨拶するのでお前を迎えに来たんだ。
転移なら負担にならないだろ?」
「まあ、嬉しい。久しぶりに里帰り出来ますわ」
「クラリスはそのまま王都に残って、帰りに拾って帰るがどうだ?」
「久しぶりにお姉さまにも会いたいですし、嬉しい限りですわ」
「よし、決まった。旅の準備をしてくれ」
「かしこまりました」
うわっ! びっくりさせるなよ。
突然クラリスの後ろから現れたのはリーンワース王家から派遣されて来たクラリス付きの侍女で、たしか名前はタバサ。
もちろん偽名で本名はグレイスだったかな。侍女とは仮の姿、本職は諜報員だ。
当然、付いてくる気だろうな。
「旦那様、話は横から聞きました。
謁見のための正装一式ですね?」
アリマが既に衣装を持って立っていた。
さすが筆頭メイド。仕事が早い。
「ありがとう。何か俺が対応しなければならない事案は発生しているか?」
「いいえ」
「そうか。ならクラリスの準備が整い次第、直ぐにルナワルドに戻る。
後は頼むぞ」
「承知しました」
準備が整い、俺とクラリス、タバサでルナワルドまで転移した。
この転移はお腹の子に影響がないと魔道の極で確認できている。
安心して転移する。
◇ ◇ ◇ ◇ ◆
「良く来たな婿殿!」
謁見の間にリーンワース王の声が響いた。
「クラリスも久しいな。
そちらの奥方も良くまいられた」
「こちらこそ、先触れも出さずに突然の訪問をお詫びします」
「何を言う。親子が会うのに何の遠慮があろうか!」
がっちりと肩を組まれた。
間を詰めるのが早い。まあ親子だもんしょうがないか。
あれ? やばい。国王の名前を知らないぞ。
後でこそっとティアに聞いておこう。
公的には陛下と呼べばどうとでもなるしね。
「陛下、こちら、ご挨拶の品です。
それとクラリスが身ごもりました。
そのご報告をと」
「クラリス良くやった!」
今度は泣きながらクラリスに抱き着いている。
そしてちらりと貢物に目をやり、視線が止まった。
「赤龍の鱗か!
緑龍の鱗は手に入れたが、これは貴重な!」
国王が鱗を手に取り叫ぶ。
瞬間移動かと思った。
そして俺の手をがっちり握ってぶんぶん振る。
「さすがじゃな、婿殿!」
「ははは」
もう愛想笑いするしかなかった。
この後、歓迎の晩餐会が開かれ、俺達は王宮に部屋を与えられ泊まることになった。
クラリスは姉妹の所へと積もる話をしにいった。
騎士たちは俺の部屋の前に歩哨として立ったり与えられた部屋で寛いだりしていた。
翌日。
早速旅立つという俺を国王とリーンクロス公爵が執務室に呼んだ。
内密の話があるそうだ。
「実はの。ルドヴェガースで撃墜した陸上戦艦の件なのだが。
広場の陸上戦艦のように修理出来ないものだろうか?」
ああ、あそこにはリグルドの残骸があるんだよな。
あれは俺が造った蒸気砲で撃墜したけど、それを成したのはリーンワース王国に売った後なわけで、鹵獲品の所有権はリーンワース王国にある。
リーンワース王国の技術ではあれを直したり素材を取ったりは出来ないだろう。
それに動かないなら、あの場から運ぶことも出来ないよな。
「あれがあそこにあると、奪還のために北の帝国が軍を進める可能性を高めることになる。
動かなければあの質量だ。運ぶことも出来ぬ。その点でも何とかしたいのだ」
まあ、対北の帝国との戦争のための戦力的なこともあるんだろうな。
それに王城の前の広場にはニムルドを直したルナワルドが完動品――武器は後付けだが――として鎮座している。
直る前例を見せられたら黙っていられないよね。
「あれですか。あれは高度があったからなぁ」
リグルドは蒸気砲が撃ち上げに弱いと気付かれたせいで高度を上げて上空から戦っていた。
それが墜落したのだから、ニムルドの比ではない被害を被っている。
という言い訳で何とかならないだろうか?
リーンワース王国に陸上戦艦を渡して、その戦闘力がこちらに向けられたら困るからね。
あの前例を二度と繰り返すわけにはいかない。
俺だけじゃなく、嫁も国民もその攻撃力を向けられかねないのだから。
対北の帝国のことを考えるとリグルドが稼働した方が有利に戦えるんだけど……。
王家が信用出来ても王軍にいる小物貴族が信用出来ないんだよな。
「直るかどうかは破損状況と部品しだいですね。
ない部品はどうにもならないですからね」
部品を錬成出来ることは秘密だ。
これが出来ることは外部に漏れないように細心の注意を払った。
内部にスパイがいるからね。
「そうか。ならば早急に調査してもらいたいところだ」
「そこは公爵と調整しましょう」
リーンクロス公爵が黙って頷く。
「頼んだぞ」
これで問題の先送りが出来た。
陸上戦艦の反乱なんて王家に対するクーデターも可能だからな。
なんとか反乱を阻止する手段を考えないと。
まあ、戦力としては欲しいんだけどね。




