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073 ルナワルド発進

 さあ出発と思っていたのだが、人が乗って旅をするにはあまりに設備や備品が足りていなかった。

この艦が北の帝国のニムルドだった時には、それら後付けの設備や備品が完備されていたのだろうけど、そんなものは爆発と火災でほとんど使い物にならない状態になっていた。


 部屋はあるが寝具が無い。洗面台はあるが水が出ない。

トイレに至っては……。元々備え付けのものを無理やり使っていた形跡があって酷いことになっていた。

『クリーン』をかけて綺麗にしてから本来のシステムを復旧させる。

これはタンクに水を溜めれば立派な水洗トイレだったはずだぞ。

水の属性石でタンクに水を張るようにする。

本来はどこかに大元の浄水設備があるはずだ。

巨大タンクに水を補給し、浄水して艦内に供給する、そんな機構があるはずだ。、

だが、今はそこまでの復旧は望まない。

ちなみに洗面台は魔道具『シャワーヘッド』でお湯も使えるようにした。

排水は本来の汚水浄化設備が稼働しているので問題ない。


 調理場には『魔道コンロ』と『シャワーヘッド』を設置し料理が出来るようにした。

となると時間停止倉庫や冷温倉庫など食材を保管する魔道具も必要になる。

いや、一番必要なのは料理人だった。

急遽四名の料理人が同行することになった。

キルトとルナトークの女性だけど大丈夫だよね? 防犯的な意味で。

そこは鍵付きの個室を提供しよう。

ああ、トイレも男性用と女性用を分けないと。

ティアもいるしね。


「え? 俺と同室?」


 ティアは俺と同室を所望した。

サラーナ、睨むんじゃない。

一番危ないのが俺とか言うな。

確かにあの言質でキルト女性に迫られる可能性大だが……。



 ワイバーン便でリーンクロス公爵に親書を送ったところ、リーンクロス公爵本人がワイバーンに乗ってズイオウ租借地にやって来た。


「リーンワース王国国内の通行許可証じゃ。

これで国内の通行と安全が保障される。

各所に地上戦艦が通るが友軍だとの通達も出した。

安心して向かうが良い。

ただ、国境を越えた南西の地は未開の地ぞ。

蛮族が支配し魔物が跋扈する世界じゃ。

気を付けられよ」


 リーンクロス公爵が羊皮紙に書かれた通行許可証を手渡してくれる。

この世界では普通に紙が手に入るのだが、こういった格式ばった書簡には羊皮紙が使われる。

まあ、これはこれで偽造防止に良いということだ。

どの種の羊のどの部分を使ったものが本物だと、発行した側が把握していれば偽造かどうか確かめられる。

あるいは割り札のように切り取った残りと合わせるなんてことも可能だ。

紙では実現不可能な面白い仕組みだと思う。


「逆にこの艦が戦闘艦であることを危惧しないのですか?」


 俺の質問にリーンクロス公爵が呆気にとられる。


「何をいまさら。クラリスの懐妊は聞き及んでいますぞ。

我が王とそなたは義理の親子、対北の帝国では一蓮托生の間柄じゃ。

王が崩御なされたら、そなたが王配になる可能性もあるのじゃぞ?」


 うん。リーンワース王とは義理の親子だったんだよね。

俺に野心が無いこともバレバレだしな。


「過分な信頼感謝しますと義父上(ちちうえ)にお伝えください」


 ここは乗っておいても良いだろう。





 なんやかやで準備が整い、出発の日が来た。

乗組員総勢35名の旅立ちだ。

俺は艦中央の塔最上部にある指揮所でルナワルドのシステムコンソールに向かう席に座る。


『ニムルド改めルナワルド、発進準備』


『ルナワルド発進準備。

魔導機関正常。

魔力ストレージから重力制御機関1番2番に魔力注入。

発進準備完了』


 システムコンソールから男性声の返答がある。

ここは全て旧ガイア帝国語だ。


『ルナワルド発進!』


『ルナワルド浮上。

重力制御機関正常』


 ルナワルドの下に魔法陣が二つ発生する。

その魔法陣の上をルナワルドが静かに浮上していく。

そのまま森の木立の上ぐらいまで浮上して止まった。


『重力傾斜装置準備完了。

進路指示願います』


『進路南そのまま。微速前進』


『重力傾斜装置作動。

重力傾斜艦首へ。

微速前進』


 別の魔法陣が艦首の先に出現する。

その魔法陣に向かって艦がゆっくり前進を始める。

重力傾斜装置とは、重力により落ちる(・・・)先を任意に決められる装置らしい。

それを前方に持ってくると前に落ちる――つまり前進するということになる。

古代文明の英知の結晶は恐ろし発想だね。


 ルナワルドがズイオウ租借地から1kmほど離れた。

そこは街道とも離れた荒野だ。

そろそろ全力運転してもいい頃合いだろう。


『進路南西へ。全速前進!』


『進路南西。全速前進!』


 まさかそんなことになるなんて俺は想像もしていなかった。

ルナワルドの艦首前方に展開していた魔法陣が右45度に移動する。

ルナワルドはそれに引っ張られるように艦首を巡らす。

そして魔法陣の色が赤に変わった。


 ドンという衝撃音とともにルナワルドが加速した。

ソニックブーム。音速を越えた時に発生する衝撃波だ。

ルナワルドは音速を越えていた。

立っていた騎士が後ろに吹っ飛ぶ。

コンソールの椅子(艦長席)に座っていた俺でさえ椅子の背もたれに押し付けられて身動きがとれなくなってしまった。


『くっ。速度中速まで緩やかに減速!』


 俺は速度を中速までゆっくりと落とした。

ここで急に停止を命じたら慣性でみんな前に吹っ飛んでしまったところだ。

これは急ブレーキをかけたバイクから人が吹っ飛ぶのと同じ原理だ。

なので急激な減速を行わず中速への緩やかな減速に留めたのだ。


 急激な加速が収まると全員の無事を確認する。

幸い騎士は鍛えているのと頑丈な鎧で無事だった。

へこんだ鎧に涙目だったけどね。


 それにしても、北の帝国が運用していた時のニムルドはこんな速度は出せていなかった。

いったいどうしたことなのか?


『システムコンソール、なんでこんな速度が出る。

前はここまで速くなかっただろ?』


『管理者クランドには最上位管理権限が付与されています。

なので本艦の機能制限は限定解除されております』


 ああ、またどこかでチートを拾ったみたいだな。

これか、この手の甲に刻まれた紋章のせいか。

それは仕方ないな。(遠い目)

ならもっとチートな機能を求めてやるか。


『慣性制御装置は無いのか?

加速のGを打ち消す装置だ』


『そのような装置はありません。そのためのリミッターです。

艦橋と船室の壁に『状態固定』の魔法をかけることで内部の慣性を緩和することが出来ます』


 そこはリミッターつけておいてください。

それに対処するなら自前の魔法でやれってことなのね。

だけど、加速中に廊下に出ると大事故になりそうだな。

慣性を緩和している部屋から、何もしていない廊下へ出たとすると後方に落ちる?

いや重力傾斜装置で前方に落ちている最中だから後ろの壁が迫ってくる感覚か?

全体にかけるのは無理だし、いちいちかけ直すのも面倒だから、やめておこう。

これは緊急時以外は全速運転は禁止だな。

へたに魔法をかけるより耐えられる速度で航行すればいいか。

音速――たぶんマッハ2は越えてる――で突っ込んで何かにぶつかったら大事故だし、回避指示をする余裕もありそうにない。

ならば戦闘時以外は目視でどうにかなる速度でいい。


「とりあえず中速なら皆耐えられるよね?」


 騎士さんがゆっくり手でバッテンを作る。

ああ、鎧って重いもんね。

身体的に耐えられても動けないからダメってことね。


『えーと、時速40kmで巡行してくれるかな?』


 衝突しても中の人がそこそこ無事でいられる速度まで落としてみました。

時速100kmで事故ると危ないもんね。音速じゃ死ぬよね。

巨大質量は急には止まれないはずなのに、重力傾斜装置を使うと一瞬で止まれるのよね。

でもそうすると中の人が死んじゃうわけで。

このぐらいが丁度よいだろう。

ルナワルドの慣熟航行も必要だからゆっくり行こう。

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