050 包囲
気が付くと俺の農場が包囲されていた。
農場といっても陸上戦艦の甲板の上なので、地上から20m(含む陸上戦艦の一部)の城壁に囲まれているんだが……。
塔状の艦橋を隠すために、全体を森の木々に隠れるようにと穴を掘ったため、陸上戦艦はほとんど地中に埋まった状態になっている。
この状態でいくら包囲されても、中に攻め込まれるということは無いはずだ。
包囲しているのは装備の整った集団。おそらく騎士団だ。
俺が城壁の上から周囲を伺っていると、一人の騎士が白旗を掲げて近づいて来た。
「『この白い旗が貴様らの血で赤く染まるまで戦い抜いてやる』って意思表示じゃないよね?」
所変われば文化も変わる。
この異世界で白旗が地球と同じ意味を持つとは限らない。
「主君、何を言っているのだ? 『白旗は交渉を望む』あるいは『降伏の印』だ」
「だよね」
ある意味、異星人相手だから身構えただけです。
「となると交戦状態にない相手同士だから、『交渉を望む』でいいのかな?」
そう言っている間に白旗を掲げた騎士は農場の城壁の下までやって来た。
どうやら武器は身に着けていないようだ。
その騎士が言葉を発する。
「クランド殿とお見受けする。我らはリーンワース王国第三軍である。
我が国には貴君らに危害を加えるつまりはない。
包囲は貴君らに逃げられたくないためである。
王城にて我らの王がお待ちだ。召喚の勅である。一緒に来てもらいたい」
ああ、先日のサラーナ達と行った宝石採りの時に見つかったか。
このまま陸上戦艦で逃げるか……。いや、あれを王国に見せたくはない。
あれを見せたら、もっと執着されかねない。
では、召喚に応じて王城まで行く?
生身で行くほど王国を信用出来ていないな。
「断る!」
俺は召喚を断ることにした。
これで不敬だ生意気だと相手が強硬な態度に出て来るなら、どっちみちまともな話し合いなど出来るわけがない。
王国の都合を勝手に俺に押し付けて来るだけだろう。
元々王国に籍があったわけじゃない。
たまたま王国に居ただけだ。嫌なら他の国へ行けばいい。
「な……」
俺の言葉に騎士は言葉を詰まらせた。
まさか断られるとは思っていなかった?
王の権威に誰もが跪くと思っていたのか?
「こちらの身の安全が保障されていない。ああ、口だけで保障すると言われたとしても信用できない。
こちらからは出向かない。用があるならここまで来ることだ」
俺は随分不敬なことを言っているのだろう。
交渉役の騎士どころかアイリーンやサラーナ達までが開いた口が塞がっていない。
「どうなっても知らんぞ!」
騎士は自分の裁量を越えた事態に捨て台詞を吐いて引き返して行った。
「ちょっと、主様、あんあこと言ったらリーンワース王国を敵に回すことになるじゃない!」
サラーナが慌ててパニックになる。
「いや、向こうが敵になるというなら、それでいいよ。他の国まで行けばいいんだし」
「だが、これで戦の準備をしなければならなくなった」
リーゼが窘める様に言う。確かに余計なトラブルを背負いこんだかもしれないな。
「いや、この状態で攻められると思う?」
「ワイバーンで来られたらどうしますか?」
ああ、空か。城壁は登れないし、出入口もないし、突破は不可能だと思っていたけど、空からの攻撃があったか。
「全面戦争も辞さないなら、ゴーレムのレーザーで撃ち落とす」
「「「うわぁ……」」」
ターニャ、リーゼ、ティアの軍事に詳しい面々がその凶悪な光景を想像してドン引きする。
中世装備程度の戦力を相手にするならゴーレムと蒸気砲で無双できる。
しかも、両戦力とも自律稼働なので俺達は寝ていても勝てる。
勝てないのは遺跡のオーパーツを手に入れている北の帝国ぐらいだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◆
リーンワース王国第三軍臨時司令部幕舎
「交渉決裂。召喚命令を断られました」
白旗を掲げて交渉に赴いた騎士が報告する。
「であろうな。奴も我らが敵か味方かも判らぬのに、のこのことやって来る間抜けではないであろう」
司令部の幕舎で声を発したのは、その主である第三軍の将軍ではなかった。
それは顔に深い皺を刻んだ老人、外交特使のリーンクロス公爵だった。
公爵という地位、リーンの名を継いでいることからもわかるように、先々代の王の孫つまり現王の従弟であり王家の血筋だった。
その権限は、この場に於いて王の代理としてあらゆる決済を認められるという強いものだった。
「ご老公、どうなさるのです?」
将軍が老人に尋ねる。
「儂が乗り込むとしようかのう」
「しかし。ご老公の身に何かあっては……」
老人はギロリと将軍を睨み、話を遮る。
「ふん。向こうもそう思ったから断って来たのよ。
ならば、この身を捧げてでも交渉しに行くしかあるまい。
勘違いするなよ? 我らの敵は北の帝国ぞ。努々忘れること無きようにな」
沈黙し判断を躊躇う将軍に老人が続ける。
「あの城壁に並ぶ武器、あれだけでも供給してもらえれば、我らは北の帝国に対抗できるぞ」
その言葉に将軍は老人との一蓮托生を決心する。
「わかりました。私も腹をくくりましょう」
◇ ◇ ◇ ◆ ◇
農場 クランド
しばらく経って、白旗を掲げた騎士がまた農場に近づいて来た。
農場の前に止まると騎士は声を上げた。
「これより交渉役が訪問する。決して戦うためではない。
繰り返す。決して戦うためではない」
そう騎士が怒鳴るのと同時に、上空にワイバーンが飛来してきた。
全部で五頭。交渉役にしては数が多い。
「待て。それ以上近づけば撃つ!」
クランドは危機感を覚え、警告を発する。
だが、ワイバーンはそのまま突っ込んで来ようとする。
「ゴーレム、威嚇射撃!」
700番代ゴーレムの一機が撃ったレーザーが先頭のワイバーンの鼻先を掠める。
慌てて踵を返すワイバーン編隊。
どうやら「撃つ」の意味が理解出来なかったようだ。
こちらは弓矢を構えてもいない。空の安全は確保されていると思っていたのだろう。
「勝手に領空に侵入するな! 次は撃ち落とす。
交渉役は一人。それ以外は受け付けない!」
白旗を掲げた騎士が慌てて対応する。
「わかった。交渉役は一人だな?」
騎士がワイバーンに合図を送る。
どうやら手旗信号のようなハンドサインがあるらしい。
その合図でワイバーンの一頭が近づいて来た。
乗っているのは二人、どうやらその後ろの老人が交渉役らしい。
「後ろの者が交渉役だ。前はワイバーンを操るだけでそちらには降りない」
「了解した。交渉役一人を受け入れる」
俺達は見張りのミーナとティアと700番代ゴーレムを城壁に残し、屋敷前広場に向かった。
ターニャとリーゼは騎士鎧を装備し、俺の横に警戒のために立つ。
こちらの受け入れ準備が出来たと理解したのか、ワイバーンの騎手はその様子を見て広場に降下して来た。
ターニャとリーゼがワイバーンが襲ってきても対処できるようにと剣を抜く。
その警戒も必要なかったかのようにワイバーンは老人を一人降ろすと再び空に舞い上がった。
「主君、武器は持っていないようです。ですが、いつでも守りに入れるように待機します」
リーゼが俺の耳元で囁く。
ターニャとリーゼは剣を収め、俺の横の定位置についた。
「王国よりの使者としてあなたを正式に受け入れます。我々に軍が危害を加えない限り命の保証はいたします」
「厳しいな。儂はリーンワース王国外交特使リーンクロス公爵じゃ。
我が国の救世主になるやもしれん御仁に戦をしかけるつもりはないよ」
どこまで本気がわからないが、一筋縄ではいかない人物のようだ。
だが、一人で死地に乗り込む胆力、侮るべきではない。
「俺はクランドだ。この農場の主だ」




