048 政治情勢1
SIDE:第一宰相ゲッペル ガイアベザル帝国
『そのような艦は来ておらぬ』です。
ワイバーン便で高速輸送された、その外交筋からもたらされたリーンワース王国の公式返答を耳にし、ガイアベザル帝国第一宰相ゲッペルは冷や汗を流した。
こちらが白々しく領土侵犯を『親善航行』と伝えたものだから、リーンワース王国も白々しい回答を寄越したとみえる。
「馬鹿な。それでは陛下を説得出来ぬぞ……」
ゲッペルは独り言ちた。
彼の頭の中には、先日謁見したガイアベザル帝国皇帝ロウガ二世の言葉がリフレインしていた。
『もしリーンワース王国が逆らうのなら、その時は潰せ』
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その日、ゲッペルは第五皇子アギトによるニムルド持ち出しと、リーンワース王国領土侵犯、後のニムルド行方不明の第一報を皇帝陛下に謁見し報告していた。
皇帝、ロウガ二世は黙って報告を聞いた後、こう言った。
「面白い。彼の地にニムルドを破壊するほどの遺跡があったか」
ゲッペルはその皇帝陛下の優れた洞察力に驚くとともに、興味の先が皇子の安否ではなくニムルドを行方不明にしたであろう遺跡に向いていることに恐れを抱いた。
そのゲッペルの様子を楽しむかのように皇帝ロウガ二世は続ける。
「驚くことはない。ニムルドの価値も理解せずに、勝手に持ち出して失ったバカのことはどうでも良い。
それだけの力、懐柔して手に入れずに敵側に向かわせたならバカの行為は反逆に等しい」
ゲッペルは自身の思考を皇帝陛下に読まれたことに恐れを抱く。
そして第五皇子アギトに対する処分が目の前で簡単に下されたことに冷や汗を流した。
「まずは彼の地の王の回答を待つ。おぬしが外交筋から圧力をかけたのであろう?」
陛下には全てお見通しだった。
皇子を失い怒りに任せてリーンワース王国に攻め入るかと思っていたゲッペルは、そうならずに済んで胸を撫で下す。
「はっ、ニムルドの所在とアギト皇子の安否を問い合わせております。
その結果を見て対応を詰めようかと思っておりました。
リーンワースが現地調査に応じれば、不可侵条約の継続。応じなければ条約を破棄して次の対応を見ようかと……」
だが、それはゲッペルの見込み違いだった。
皇帝の次の命令にゲッペルは恐怖した。
「彼の地の王が何も気づいておらぬようなら、戦争をちらつかせて調査団を派遣し、遺跡を奪取せよ。
逆に強硬な態度を取ったならば、遺跡は敵の手の内にあると心得よ。
彼奴らが技術を蓄積する前に遺跡を破壊せよ。
もしリーンワース王国が逆らうのなら、その時は潰せ」
「ははっ!」
ゲッペルは皇帝陛下の勅命を受け、謁見の間を後にした。
どうやら陛下は遺跡には興味があっても、リーンワース王国には興味が無いようだ。
リーンワース王国が遺跡を差し出せば戦争にはならないだろう。
だが、彼らが遺跡を自らの物にしようとするなら容赦なく潰すつもりだ。
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その謁見時の光景を思い出したゲッペルは、リーンワース王国が戦争へと向かっていることに気付いていないように思えて仕方が無かった。
ゲッペルは、なるべくなら戦争をしたくはなかった。
特に大国を相手にしての戦争は、相手にも自国民にも損害が出る。
人的資源の減少は国の経済を傾かせる。傾いた経済は国の力を落とす。
内政の安定なくば戦争どころではなくなるのだ。
リーンワース王国が危険なチキンレースを仕掛けていることに早く気付いて欲しいとゲッペルは思うのだった。
まずは調査団の受け入れを認めさせる。まだリーンワース王が遺跡の価値に気付いたとは判断できない。
これが唯一、勅命に逆らう言い訳となるだろう。
陛下のご命令ではもう戦争に突入していてもおかしくないのだぞ。
これが最後のチャンスだ。第一宰相の一存ではこれぐらいの時間稼ぎしか出来ぬ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◆
SIDE:リーンワース王 リーンワース王国城内執務室。
リーンワース王の前に情報局を束ねる将軍が報告に来ていた。
「陛下、北の帝国から調査団の受け入れ要請が来ました」
「宣戦布告ではないのだな?」
「はい。受け入れないのなら戦争も辞さないとのことです」
リーンワース王は思案する。
調査団を受け入れたとしても、あの跡地を見ただけで北の帝国は納得するだろうか?
我々が何かを隠していると思われれば、出せない物を出せと脅されることになるだろう。
戦争は不可避か。まあ第五皇子が死んでいるのだから、属国にでもならない限り無理だな。
「ミンストルのスパイは洗い出したのだな?」
「はっ。捕らえて北の帝国に何を報告したのかを吐かせました」
「ほう」
「スパイの目的はガイア帝国の末裔の保護のための情報収集でした。
ミンストルでは黒髪黒目の男が目撃されており、その情報を北の帝国に送っていたようです。
その情報により第五皇子がやって来てミンストルを攻撃。
領主が命惜しさに黒髪黒目の男、冒険者ギルドの登録名クランドの情報を収集し第五皇子に渡したということのようです」
「市民を人質に取られたのだ。領主の行為は仕方がない」
もっとも本人は自分の命可愛さだったようだが……。
ふむ。ガイア帝国の末裔の保護が目的なら、スパイからはそれ以上の情報は得られぬか。
「よし、調査団は受け入れよう。
ただしミンストルにはかん口令を敷け。クランドの情報を北の帝国に渡すな。
幸いクランドの情報を得た第五皇子は死んだ。北の帝国には情報は渡っていないだろう。
時間を稼げ、クランドは我が国に迎える」
スパイから情報を得られぬのならば黒髪黒目の男の方から辿るしかあるまい。
クランドが何を手に入れたのか、実際にあの現場で何があったのか。
当事者本人に訊くのが一番早い。
「その後、黒髪黒目の男の消息は?」
「はっ。冒険者ギルドに探索依頼を出しました。
これが、現在解っている限りの探索情報です。
これを元に報奨金を設定し冒険者に探させております」
【常設依頼 尋ね人 有力な所在情報を提供した者に金貨5枚 みつかり次第終了】
【クランド 男 黒髪(一部灰色)黒目 15歳 身長165~170cm 細身 平民(農民)服】
【小さな茶色い犬を胸にかかえている 美人奴隷を複数侍らせている 金遣いが荒い】
【移動手段:徒歩 ワイバーン(色:青、赤、白、橙、紫、桃)】
将軍が探索情報をリーンワース王に示して来た。
これがクランドに関する現在知り得る最高の情報なのだ。
「ところが、有象無象の情報は集まりましたが、有益な情報はほぼ無し。
確かなのはミンストルにての古い情報しかありませんでした。
ただ、その中に事件後の目撃情報がありまして、いつものように買い物をしていたというものが最後になります。
領主も領兵を使って捕縛に向かったようですが、忽然と消え逃げられたとのことです」
消えた? バカな。
探索情報によれば、いつも大人数で買い物をしている。
それが消えたなど、普通は有り得ない。
「消えたとは?」
「はい。いつものようにワイバーンを預け西門から入った後、洋品店、市場と買い物をした後、歓楽街に向かい、門を出ずに消えたとのことです。
後に調べたところ、門で待ち構えていた領兵の前を通らずにワイバーン厩舎に現れ、そのまま飛んで行ったとのこと」
「女奴隷を大勢連れている男を領兵が見逃した?」
有り得ないことが起きている。そんなことが出来るのか?
「女奴隷は美人ぞろいらしく、あの侯爵がオークションで競り落とし、事故で放棄したと噂のルナトークの姫君も含まれているとか。
例え集団でなくても一人一人の女奴隷が目立つ存在だったようで、単独での突破も不可能。皆が不思議がっていたそうです」
王はあの絶世の美女の顔を思い出した。
国際会議で一度会ったことがあるのだ。
「あの姫君か。余も会ったことがある。この世のものとは思えない美女だったな。
それが北の帝国により奴隷落ちさせられ、さらに事故で顔に傷を受け右腕を失ったとか。それは目立つであろうな」
そのむごい仕打ちを思い、王の顔に苦悩が浮かぶ。
「ところが、ルナトークの姫君は顔の傷も部位欠損も治っていたらしいのです」
「なんだと! となるとクランドは高レベル魔導士の可能性があるのではないか?」
「はい。おそらく『リカバー』と『転移』が使える、宮廷魔導士クラスかそれ以上と思われます」
そうか。少なくとも姫君の傷は癒されたのか。
あの侯爵の元に行かなかったのも不幸中の幸いか。
王はその点に関してはホッと胸を撫で下すのだった。
「ギルドの記録は?」
「はい、そこで驚いたのですが、あのグリーンドラゴンの頭をオークションに出したのがその男でした」
「あれか! となると是が非でも我が国に引き込まねばならん。対北の帝国の切り札になるやもしれん」
あのグリーンドラゴンは鱗も併せて傷が何処にもなかった。
王はクランドがリーンワース王国の運命を変える存在だと再認識した。
黒髪黒目となると勇者の血筋。
北の帝国が自らを選ばれし特別な存在と自称する根拠となるものだ。
それが北の帝国と対立しているのなら、是非とも味方にしたかった。
「ギルドに連絡せよ。国の危機だ。クランドと接触出来るならその手段を要求しろ。
また、クランドの預金の動きを追え。
誰もが金を使わずに生活できるわけがない。金の流れがクランドの所在を示すはずだ」
クランドの存在価値が益々上がるのだった。




