044 交渉
私、ケイトはペリテの街から西、小ズイオウ川の向こう岸にあるズイオウ山の探索のため、小ズイオウ川の対岸に船で渡って来た。
渡し賃銀貨1枚は痛いが、もしクランドを見つければ金貨5枚が入ってくる。
一応、希少な薬草採取のクエストも受けて来たので、空振りでもギリギリ赤字にならないようにしてある。
私、ケイトは薬草を探しつつ、森に人の住む痕跡がないか観察を始めた。
「パン!」「ドーーーーン!!」
森の中から大きな破裂音と爆発音がした。どう判断しても人工的な音だ。
「やった尻尾を掴んだ!」
私、ケイトは金貨5枚を手に入れたと意気揚々と森へ突入した。だが、それが間違いのもとだった。
私、ケイトはランクE冒険者にとっての森の危険性をすっかり失念していた。
そのことを、四腕熊に遭遇することで身を以て知ることになった。
四腕熊が咆哮をあげる。私、ケイトは四腕熊から目を逸らさずにじりじりと後退りする。
いつ襲われても不思議じゃないギリギリの膠着状態。
「ポキ」
1分1秒が気の遠くなるほど長く感じる中、私は枝を踏んで音を立ててしまった。
刹那、四腕熊が突進して来た。力強い右腕が私、ケイトに向かって振るわれる。
間一髪で避けるも、直ぐ横の木が破壊され、その破片が私、ケイトの体を打つ。
四腕熊の攻撃はそれだけでは収まらなかった。
右腕はもう一本ある。続けて右下腕が私、ケイトを襲う。
これまでかと思った時、空から何者かが落下して来て、四腕熊と接触した。
「ザン!」
刃物が何かを切り落とす音がして、四腕熊は腕を振るった勢いそのままに倒れ込んだ。
四腕熊の爪はギリギリ私、ケイトを掠めて軽傷を負わせるに留まった。
「大丈夫かにゃ?」
空から降って来たその女性は私、ケイトに安否の言葉をかける。
だが、私、ケイトはその言葉に答えることなく気を失った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◆
「主人、女を拾った。どうする?」
蒸気砲の試射を皆に見せていると、パトロールに出ていたニルが突然爆弾発言をした。
どうやらワイバーンに乗って哨戒中だったニルとミーナが森に迷い込んだ冒険者を助けたらしい。
「森の外にポイして来なさい」
俺は勝手に捨て猫を拾って来た子供を相手にする悪い大人のような発言をした。
「魔物に襲われて怪我してるにゃ。もう農場に連れて来てるにゃ」
ミーナが事後報告をぶっ込む。
ニルが四腕熊を見つけたところ、襲われている冒険者を見つけ、応援で呼ばれたミーナが女性冒険者を助けて農場まで連れて来たらしい。
「ん。四腕熊。熊の手料理が4つ作れる」
ニルが獲物を魔法ポシェットから出す。
俺は頭をかかえるしかなかった。
確かに外部から接触して来た場合の対処方法を皆と話し合ったりはしていなかった。
困ってる、しかも怪我人を助けた行為は尊いものだ。
これを叱るわけにはいかない。
「怪我は治したのか?」
「ハイヒールの属性石で治したにゃ」
「意識は?」
「さっき目を覚まして、ピンピンしてるにゃ」
「そうか……。人命救助は偉いぞ」
俺はニルとミーナの頭を撫でた。
なぜかプチも寄ってきて一緒にナデナデされている。
ナデナデが次第にモフモフに変化する。
プチのお腹をモフモフ、ミーナの尻尾をモフモフ、ニルのほっぺをプニプニする。
現実逃避終了。
「だが、女性冒険者に農場を知られてしまったということだな?」
ミーナがハッと何かに気付いた顔をする。次第に焦りの表情になる。
ニルは平然としている。
「もう知られてしまったんだから仕方ない。
その女性冒険者と話をしよう」
俺は二人を叱らなかった。次に同じ間違いをしなければいい。
こういったケースにどうするかという話をしていなかったのが悪かったのだ。
◇ ◇ ◇ ◆ ◇
なるべく女性冒険者が嫁達と接触しないように、嫁達を部屋に隠す。
この場に残すのは助けて顔バレしているミーナと参謀のアイだけにしておく。
あ、変化の顔バレをしているアリマだけはメイドとしてお茶を配ってもらう。
ミーナが女性冒険者を呼んで来る。
どうやら空き部屋で治療をしたようだ。
女性冒険者を来賓用として用意した応接間に通す。
不安なのか周囲をキョロキョロと見ている。
「俺はこの館の主のクロードだ。魔物に襲われたそうだね」
「ケイトと申します。この度は助けていただきありがとうございます」
主人の俺に今気付いたのか、ケイトと名乗った女性冒険者が姿勢を正して感謝の言葉を発する。
「助けが間に合って良かったよ。なんでまた、このような危険な森の中へ?
失礼ですが、あなたのランクではここは危険すぎると思うのですが?」
俺はケイトの胸元に揺れる冒険者タグの色で、ケイトのランクがEだと見て質問した。
ランクEでこの森に侵入するのは自殺行為だからだ。
考えられるのは、よっぽどの命知らずが、高ランクの身分を偽ったスパイかだ。
「実は希少な薬草採取に夢中になって、つい……」
ケイトがバツの悪そうな顔をすると言い訳を口にした。
言い訳だと判ってしまうのは何の裏があるんだろうか?
「私はまた、クランドと間違われて探られているのかと思いましたよ」
俺は冒険者ギルドで俺の所在情報に金貨5枚の報奨金がついていることを知っていた。
それでケイトが無理してこの森に来たんじゃないかとカマをかけてみたのだ。
「そ、そんなことはないんだからね?」
ケイトが挙動不審になった。
この女性は演技なんて出来そうもない。
間違いなく、俺をクランドと見当をつけて探しに来たのだ。
「疑われると迷惑なんですよね。勘違いで通報されて、それでも誰かが対処しようとこちらに来るわけですよ」
「はい」
「それにいちいちこちらが対応するのもいい加減うんざりしているところです。
それで、ここに移り住んで来たのに。また引っ越しとなると、身重の妻にも負担になるし、本当に迷惑です」
「はい……」
よし、ケイトが勘違いだったのかと思い始めている。
もし勘違いだったら拙いと考えてくれれば、乗り切れるかもしれない。
「そうだ。私から金貨10枚を渡しましょう」
「え?」
「また引っ越すとなるともっとお金がかかります。あなたが黙っていてくれれば平穏に暮らせるのです。
私はクランドではありませんが、迷惑を被るのは金輪際ごめんです。
ただし、当然守秘義務の契約書にサインしてもらいます。
誰かが、ここに尋ねて来て、その原因がケイトさん、あなたが情報を漏らしたせいだと判ったら倍返しですからね?
ギルドに話して金貨5枚。話さなければ金貨10枚。どっちが得かよく考えてください」
「しかし……」
「私どもが悪人だったら、あなたに治療を施しますか? 森から助けますか?
そのまま放置すれば魔物が処分して何も残らなかったはずですよ?
そうだ、これを見せましょう」
俺がクロードのギルドカードを見せると、ケイトが得心したという表情になった。
ここでダメ押しとしよう。
俺は机の上に金貨10枚を積み上げ、契約書類をサッと書くとケイトにサインを求めた。
「さあ、これにサインを。帰りはワイバーンで街まで送りましょう」
ケイトはその勢いに押されて契約書類にサインをした。
金貨10枚(10万G)で安全が買えるなら安いもんだ。
アイがワイバーンの後ろにケイトを乗せ、後ろを振り向けないほどの急加速で街へと飛んで行った。
こうして女性冒険者と身バレの危機は農場を去っていった。




