027 北の帝国侵攻す
「あなた様、私に畑をください」
アイリーンが唐突に訴えて来た。
どうやら仕事がないのが我慢出来ないようだ。
「遊びのようなものです。薬の調合が出来ますので、薬草を育てたいのです」
そういやアイリーンには回復魔術師のJOBと薬調合のスキルがあるんだった。
それで農場に貢献したいのだろうか?
俺がインベントリ内に材料を入れると薬が簡単に出来てしまうというのは内緒にした方がいいのかな?
「薬草畑ならスパイス畑の一角にあるよ。そこの薬草を使うといい」
俺は薬草が手に入ればいいのかと思ってそう答えた。
「あそこは『促成栽培』がかかるので、面白くないのです」
え? もしかしてガーデニングの趣味として実益も兼ねて薬草を育てたいのかな?
「そうか。ならもう少し小さめの区画を他に用意してあげよう」
「ありがとうございます♡」
アイリーンが弾けるような笑顔で礼を言った。
ああ、癒されるな。
アイリーンが目指しているのが本当のスローライフなんだろうな。
「ところで、あなた様。不躾な質問ですが、あなた様はいったいおいくつなのですか?
その口調、佇まい、落ち着き、知識、そしてJOBと所有スキル。とても15歳とは思えません」
おお。するどいな。
というか、自分でも肉体年齢が15歳だったことを忘れていたよ。
体力的に若返って調子が良いのはステータスカンストのせいかと思ってたよ。
うん、アイリーンになら少し教えてもいいか。
「俺は確かに肉体年齢は15だが、精神年齢は27だな。どうしてそうなったかは秘密だ」
「うわーん。どうしてわらわも知らなかったことをアイリーンには教えてるのよ~!」
サラーナが乱入して来た。
「それに衝動買いで奴隷を買ってくるような人の精神年齢が高いもんですか!」
「言うな! そこは確かに俺もおかしいと思ってたところなんだよ!」
もしかすると転生で変化した肉体年齢に精神が引っ張られているところがあるのかもしれない。
しかし、こいつ、駄姫のくせに、どうして俺を貶めるようなことを……。
そこでふと気づいた。あ、そうか。焼きもちか。
サラーナも国を滅ぼされて奴隷落ちしてここに来て、新しい格上の嫁が来たからって第二夫人に落とされて、俺がその新しい嫁と特別なことをしてるとなると……。
気持ちはわかる。しかも焼きもちを焼くということは、サラーナは俺のことを……。
なんだ。こいつカワイイじゃないか。
「サラーナ。お前にも俺の秘密を教えてやる」
「え?」
急に俺が優しくなったのでサラーナは戸惑いの表情をしている。
「サラーナ。お前が俺の初めての女だ。大事にする」
サラーナの顔が茹で上がり赤くなる。
そしてプイっと横を向いてしまう。
「もう。アイリーンとばっかりイチャイチャしないで、わらわの所へ帰ってくるんだぞ♡」
サラーナがデレた。いや俺の言ってることは高齢童貞宣言だったんだがな。
その様子を見てアイリーンもクスクス笑っている。
良かった。他の嫁の前で別の嫁に愛の告白なんて、怒られても仕方ないところだ。
「サラーナ。おまえも働いていいんだぞ?」
照れ隠しにサラーナをからかってしまった。
「ふん。わらわの仕事は子を生すことだから!」
「じゃあ私も頑張らないと♡」
アイリーンも負けじと対抗してくる。
この夜二人をめちゃくちゃ(以下略)
◇ ◇ ◇ ◇ ◆
ワイバーンでミンストル城塞都市へ皆で買い物にやって来た。
未だうちの牧場は牛乳を生産出来ないので、定期的に購入しないとならないのだ。
牛乳は飲むだけではなく、バターを作ったり料理に使ったりと消費が早いのだ。
買い物に来るときは前日畑に種を蒔かないので、家畜を放牧したら他はゴーレム任せに出来る。
なので曜日を決めて全員で定期的に買い物に来ることに決めた。
それと大事なことをしに。
今日、俺は嫁たちの奴隷契約を解除する。
奴隷じゃなく正式に嫁いしてやりたいのだ。
生活必需品、消耗品や服下着などを購入し大通りを歩いていると、ギルドの受付嬢のクレアさんに捕まった。
美人嫁8人を連れてゾロゾロ歩いている胸に犬を抱いた男、目立ちまくりらしい。
いくら護衛が二人いるとはいえ嫁だけで買い物をさせたら男に絡まれるんじゃないかと心配じゃないか。
だから全員一緒に行動する。実際、俺達はこの街で二度襲われているしな。
俺達は冒険者ギルドまで連れて来られていた。
そのギルドの特別室の中でクレアさんとの交渉が始まった。
「で、クレアさん、何の用件ですか?」
「王都からドラゴンの鱗の注文が来ているんです。どうやら王家が頭の状態を見て本体も有るだろうと思ったらしくて」
ああ、頭があればドラゴンを一体討伐してるということだからな。
頭があれば体もある。体があれば鱗もある。今出回っている鱗は三枚だけ。
当然残りが売るほどあると推測できるわけだ。
「あまり大量に出すと値崩れするから控えたいんですけどね」
「大丈夫です。今回の注文主は王国軍ですから。1枚1億Gで100枚買うそうです」
破格だな。オークションを通した値段で100枚とは……。
「つまり早急に必要な事態が起こったということか」
俺がボソッと呟くと、クレアさんの顔が青くなった。
どうやら隠したい事情があるらしい。
「クランドさんだから伝えますけど、これは他言無用でお願いしますよ?」
俺は嫁の方を向いて目で念押ししクレアさんに頷いた。
「わかった」
クレアさんも覚悟を決め鱗が100枚もいる理由を話し始めた。
「北の帝国はご存知ですか?」
「詳しいことは知らないが、何か国も侵略してその国民を奴隷として売っていることは知っている」
クレアさんが嫁たちをチラッと見て納得すると、詳しく説明してくれた。
「北の帝国――詳しくはガイアベザル帝国といいます――は、古代ガイア帝国の末裔を名乗り、その遺跡の技術を利用し周辺国を侵略しだした国です。
その遺跡の技術は他国――我ら王国を含めてですが――より遥かに進んでいて、侵攻を受けた国は太刀打ちできませんでした」
「我らキルトの王国も、北の帝国に一方的に蹂躙され滅ぼされた」
ターニャが苦々しく吐き捨てる。
サラーナとアイリーンは肩を抱き合って慰めあっている。
彼女たちの国も北の帝国に滅ぼされたのだ。
「わが王国――リーンワース王国――は、地理的に離れていることもあるうえ、一応大国ですので北の帝国とは不可侵条約を締結しておりました」
「それで奴隷がこの国に売られて来ていたんだな?」
「不可侵条約は自衛のためでもあります。それだけ北の帝国の軍事力は強大なのです。
そして侵略された国の国民を買わないと、皆殺しになってしまうので、奴隷売買はいわば救済でもあるのです」
読めて来たぞ。その北の帝国がこの王国にも魔の手を伸ばし始めた。
だからドラゴンの鱗の装備を大量に手に入れたかったということだろう。
「まだ不確定情報ですが、北の帝国の船が国境を越えこちらに向かって来ているようなのです。
条約が破られたというわけでもなく、その1隻だけが向かってくるという。王国としても北の帝国の真意を測りかねているところなのです。
なので、全面戦争になる前に、王国軍が装備を固めようとドラゴンの鱗に目を付けたということです」
1隻だけというのが気になるな。北の帝国はまだ王国と事を構えるつもりはないということだろうか?
「そんな事情ならドラゴンの鱗は売ってもかまわないよ」
「ありがとうございます。早速契約書類を用意します。
今回は王国との直接取引になりますので、ギルドの手数料はいただきません」
王国の事情を鑑みると、ここで売らないなんて駄々を捏ねたら超法規的措置で俺を殺してでも奪いに来るかもしれない。
ここは喜んで売るという立場を取った方が正解だろう。
それに……。
「少しは嫁たちの国の弔い合戦に貢献出来るかもしれないからな」
「主様!」「あなた様」「主君」「旦那様」
嫁たちの瞳がウルウルしている。
今後、その船の動向に注目していこう。
船というからには東か西の大河を下って来ているのだろう。
「地理的に北の帝国はどこにあるんだ?」
「主君、農場から見て、北の山脈の向こうになります」
ターニャが答える。
なるほど、北の山脈が天然の防壁になっているのか。
「すると侵攻ルートは東の大河か?」
「いえ、東の大河も西の大河も源流は北の山脈です。
侵攻ルートは東西にそびえる北の山脈の切れ目がある王国の西側になると思われます」
「ん? 船で越境したんだよね?」
「はい。おそらく奴らが持つ遺跡兵器、地上戦艦が来たのだと思われます」
「そんなものがあるのか!」
驚く俺に、ターニャは不思議そうな顔をしていた。
アイリーンが震えながらも口を開く。
「北の帝国のやつらは古代ガイア帝国の末裔を名乗っています。
その血統を守るため純血を崇拝する血統主義を標榜しています。
侵略を受けた民は穢れた血脈として皆奴隷にされてしまうのです」
なるほど、だからこんな美人なアイリーンでさえ奴隷として売ってしまうのか。
いよいよになったら全員連れてこの地から逃げることも選択肢にしよう。
クレアさんが契約書を持って戻って来たのでグリーンドラゴンの鱗を100枚出して――当然解体場へだ――契約書にサインをして代金100億Gをギルドカードにチャージし、取引が終了した。
クレアさんには王国のためにもっと売っても良いと伝えギルドを後にした。
「主君、農場の遺跡の正体はご存知ないのですか?」
ターニャが変なことを聞いて来た。
「知らないよ?」
「この世界を救うのは主君なのだと思っていました」
「あはは。そんなことが出来る男じゃないさ。まったりスローライフが望みなんだからね」
ターニャが少し悲しそうな顔をして表情を戻した。
まさか俺の手で国の復興をとか考えていたのだろうか?




