002 ここ掘れわんわん
「ああ……。俺の希望通りじゃないか……orz」
「俺のバカ。もっと考えて要求しとくべきだった」
俺は自分の迂闊さを呪った。
農業を始めるにしても収穫を得るまでには日数がかかる。
当然その間は他所から食料を得るしかない。
今日食うための食料が必要だし、それを買うお金が必要だ。
作物を作るための種や苗を買うにもお金はいる。
農具も最初は買わないとならないだろう。
だが、その金があったとしても、ここみたいに人里離れ過ぎていたら買いに行けるわけがない。
そうなると採取生活になるが、それをするためには魔物に対抗しないとならないのに、そのスキルも持っていない。
おそらくこの森には魔物がわんさかいる。
採取も命がけだろう。それなのに戦う術がない。
もちろん装備を買うお金もない。
「詰んだんじゃね?」
俺は絶望しかけた。
だが、それを救ったのは愛犬プチだった。
「ご主人、ご主人。ここ掘れわんわん」
そうだった。愛犬と会話が出来るように神様に頼んでいたんだった。
異種言語Lv.1、このスキルで愛犬プチと会話できるのだ。
他人がこの会話を耳にしたら俺がわんわん言ってるように聞こえるだろう。
プチは3歳ぐらいの会話能力でお話ししてくれる。
プチの声、滅茶苦茶カワイイな。
しかも、まさかの花咲爺?
大判小判がざっくざく?
俺はプチを信じて、近くにあった木の棒を拾うと地面を掘りはじめた。
しばらく掘ったところ何やら固い床面のようなものに当たった。
地面に対して結構な角度で傾斜している。
表面が滑らかで明らかに人工物のような雰囲気だ。
どうやら木の棒ではこれ以上は掘れそうもない。
俺は思案すると生活魔法の土魔法を使ってみることにした。
うん、掘るのにも最初から使えばよかったよorz
「農地開墾!」
これは農業に特化した生活魔法だ。農地の岩などを砕いてくれる作用がある。
初めて使ったが、何かをしたいと望むとそれに必要な魔法が頭に浮かんでくる仕様のようだ。
生活魔法の呪文は取得時に頭に記憶されているので使うことが出来たのだ。
ダメ元だがこれを使ってみた。
「つ……!」
「ご主人、危ない!」
始めて使った土魔法は思った以上に広範囲に作用し、足元の床面が崩れ大穴が空いた。
心配したプチが俺の胸に飛び込んできたため、俺とプチはそのまま落下してしまった。
幸い傾斜のある穴だったため滑り台のように滑って落下した。
最初は直滑降だったが、しばらくすると曲がりくねった斜面になり、かなりの距離を滑り降りたところで漸く終点の広場に出て落下が止まった。
曲がりくねっていたことが幸いだった。おかげで勢いが殺されダメージがなくて済んだ。
「ライト!」
真っ暗なので俺は生活魔法のライトを唱えた。
ライトに照らされた広間の様子に俺は息を呑んだ。
眩く輝く黄金の光。大判小判がざっくざくどころか、金銀財宝がざっくざくだった。
見たこともない意匠の金貨や銀貨、宝石や宝飾品、財宝で飾られた剣や防具などザ・お宝といった感じだ。
ここはどうやら何らかの施設の宝物庫のようだ。
そこへと続く穴へと俺たちは落下してしまったのだろう。
だが、ここは何の施設なのだろうか?
「これ、貰っていいのかな? まあ、長い事持ち主が来ていないみたいだし、トレジャーハントということで良いか……」
まるでダンジョンのボス部屋の討伐ご褒美みたいだなと思いながら全てをインベントリに収納する。
自動収納スキルのおかげであっという間に収納出来た。
Lv.1のインベントリだが、かなりの収納容量があって助かった。
重量軽減ではなく重量ゼロとは高性能だ。神様、騙されたなんて言って悪かった。
重いお宝を抱えて地上まで歩くのは無理があるので大助かりだ。
「さて、出口は?」
滑り落ちて来た傾斜は、ロープでもあれば別だがそのまま登るのは無理なようだ。
俺にはボルダリングの経験もスキルもないし、そもそも出来る筋力がない。
周囲を観察すると、お宝を退かした先に扉があった。
俺は扉に近づくと少し開けて外の様子を覗いてみる。
だが、俺はその扉の向こう側を見て扉をそっ閉じすることになった。
なぜならそこにはダンジョンボスモンスターの背中が見えていたからだ。
どうやら俺はダンジョンボス部屋の宝物庫に落下してしまったようだ。
出口はそこにしかない。
ボスモンスターを倒す戦闘力もない。
どうしよう俺。既にお宝はパクっちゃったし。
他に出口は無いかと周囲を伺うと魔法陣を見つけた。
おそらく転移の魔法陣だ。
ダンジョンボスを討伐クリアすると入り口まで戻れるというあれだろう。
だが、俺はボスをクリアしていない。
当然その魔法陣は使用できなかった。
「ご主人、ご主人。ここ掘れわんわん」
愛犬プチの示す場所を調べると床板の石板が外れるようだ。
その石板を剥がすと、俺はみつけてしまった。
丸い宝玉のようなものを。
「これってダンジョンコアだよな?」
これを壊したらダンジョンクリアとなり、転移魔法陣が使えるのでは?
俺はインベントリに手を突っ込んで宝物庫からパクった剣を取り出すと宝玉に打ち下ろした。
簡単に割れる宝玉。
そしてシステム音声と共に目の前のAR画面を高速で流れる各種ログ。
未発見のダンジョンを魔物に一切手を出さずにダンジョンクリアした。
その有り得ない状況が一種のバグを生じさせていた。
ダンジョン内の全ての魔物が一瞬で死んだ。
その経験値が大元のダンジョンコアを破壊した俺に入って来たのだ。
さらに自動拾得のスキルが魔物の所持品を収拾してくる。
レベルが上がりインベントリも拡張する。
自動拾得のスキルも上がり魔物の素材まで剥ぎ取られて収拾されてくる。
俺のスキルもレベルアップし続ける。
スキルがカンストすると上位スキルに変化し、さらにカンストを迎えてその上のスキルへと成長する。
スキルの成長によりスキルが統合され、JOBの取得条件がクリアされる。
JOBにより派生したスキルがカンストし上位スキルへ……。更に統合され……。
未発見ダンジョンの全魔物の経験値、それによるレベルアップが終了する前に俺は気絶していた。
目が覚めた俺が目にしたのは機能を失った魔法陣だった。
ダンジョンの崩落が無かったのは救いだった。
魔法陣が使えないのはそれを運営していたシステムが完全に死んだからだろう。
魔法陣が使えているうちに脱出するべきだったのだろうが、気絶した俺はその機会を逸していた。
このまま歩いて地上に出るしかないのだろうか?
扉を開くとダンジョンボスの姿は消えていた。
何らかのスキルによってログが検索されてボス討伐のログが視界の片隅にAR表示されている……。
さて、レベルアップでどうなってしまったのか?
「ステータス」
俺はステータスを表示した。
名前 佐々木 蔵人
種族 ハイヒューマン
性別 男
年齢 15
職業 生産神 大賢者 聖獣使い
基本レベル 9999
HP 9999999
MP 9999999
STR 99999
DEF 99999
DEX 99999
VIT 99999
AGI 99999
INT 99999
LUK 99999
スキル 生産の極 収納の極 言語の極
魔法 魔導の極
所持金 別途表示
所持品 別途表示
契約獣 プチ(聖獣)
「……これあかんやつだ……」
おそらくレベルと能力値は限界突破した上でカンスト。
スキルと魔法やJOBも統合されて、逆に何が出来るのかわからないわ。
極って言うから全部極めたんだろうけど……。
むしろ、ここまでカンストして魔法以外の戦闘系のスキルやJOBを一切取得していないというのが凄いわ。
だがこれで魔物がうろつくこの森でも普通に生きていけそうだ。
この能力値なら身一つで魔物に勝てそうだ。
「さて、最初の問題はここからどうやって出るかだが……」
「ご主人、ご主人。乗って乗って」
「うわ! 魔物!」
そこには体長3mの狼系の獣がいた。フェンリルってやつだろうか?
「ボクだよ。ボク」
「プチか!」
そういや、ステータス表示に『プチ(聖獣)』って書いてあったな……。
「プチ(フランス語のPetit 小さいの意味)なのに巨大化したのか……」
「乗って、乗って。上に行くよ」
俺は巨大化したプチの背中に乗り、首にしがみつく。
するとプチは風のように軽快に走り出し、俺達が落ちて来た傾斜路を物凄い勢いで駆け上がり、俺たちが転移して来た地上へと楽々とたどり着いた。
「魔物、魔物」
穴から出ると周囲を1体の魔物がうろついていた。
オークだろう。異世界初戦闘になるのか。
そのオークにプチが前足を振るう。
『スパン!』
軽い音がしたと思ったらオークの首が飛んでいた。
風魔法のウインドカッターだろうか?
聖獣プチ、滅茶苦茶強いわ。
「ご主人、ご主人。ごはん捕まえた」
「プチは良い子だなぁ」
俺はプチの背中から降りるとプチの顎下をモフモフしてあげる。
プチはこうやって褒められるのが大好きなのだ。
モフモフ……。モフモフ。モフモフモフモフ。
「はっ! つい現実逃避してしまった!」
こうして俺と愛犬のスローライフはここ掘れわんわんで順調に始まった。