男の話 1
バーナンドさんは簡単に戻ってきたメルに驚いた顔を浮かべていた。
それだけメルの見た目がハイウルフに勝てるようなものではなかったのだろう。
「なんでこの人、驚いているの?」
「メルが倒せると思えなかったんだって」
「え。何で僕がこんな弱い魔物に負けると思っているの?」
メルは嫌そうな顔をしている。メルからしてみれば、ああいう魔物に自分がまけると思われているのが嫌らしい。メルも俺やネノには基本にこにことしていて、愛想がいいけれど、それ以外の人に関しては冷たいからな。
「……す、すまない。ドラゴンだと聞いていたが、やっぱり信じられなかった」
「ふん、いいよ。ちゃんと理解してくれるのならば」
メルはそう言って、バーナンドさんを興味がなさそうに見て、椅子に腰かける。本当にバーナンドさんのことが気に食わないようだ。
「それで、さっき何か言いかけていたの、なに?」
「……えっと、『勇者』様に頼みがあるんです!!」
バーナンドさんはネノに向かってそう言い切った。
「頼み?」
「はい……頼みがあります。ただ俺の判断だけで『勇者』様に話していいものじゃないんです。だから……村の皆が許可してくれたら頼みをしてもいいですか」
バーナンドさんはそう言いながらネノの目を真っ直ぐに見る。バーナンドさんは俺のことなど全く見ていない。それに少し苦笑してしまう、
やっぱり『勇者』という存在は何処に行っても特別で、俺にとっては誇りである。
「――話聞いてからしか、判断出来ない」
「それもそうでしょう……。『勇者』様たちはしばらくここに?」
「うん。それで村って、この山の中にあるの?」
ネノが問いかける。
それは俺も気になっていたことである。こんな山の中で人が生活をしているというのは不思議である。こんなところに宿を設置している俺達の方が不思議だと言われそうだが、俺やネノはともかく普通の人が此処で過ごすにはよっぽど深い理由があるのではないかと思うから。
「あります」
「ふぅん。その村、行ってもいい?」
「え、いいですけど……。でもそれも許可を得てからでいいですか。俺の住んでいる村は閉鎖的な村で、下手に人を呼べないので」
「うん。いいよ。あと此処は宿だから良かったらお客さんになって」
「……こんなところで宿って不思議ですよね」
「不思議でも、宿」
ネノはそう言って微笑む。ネノはこの宿に愛着を持ってくれているのだ。俺もそうだけど、ネノと二人で作った宿というだけで特別な感情をこの宿に抱いているし。
それにしてもネノはいつでも本当に可愛いなぁ。
「……分かりました。しかし、此処は最も危険な場所じゃないですか。何でこんな場所に宿を……?」
「何でって、楽しいと思ったから」
ネノがそう答えたら、バーナンドさんは理解出来ないといった表情を浮かべた。
俺達は楽しいと思って、此処にいるけれどもそのことを理解出来ない人は理解出来ないのである。
「楽しい……? 『勇者』様はやっぱり他とは違うのだろうな」
「私は私。そしてこの気持ちはレオもそう」
「……レオニードさんも? 『勇者』の夫だというだけでそれだけ特別なのだろうか」
「俺は特別じゃないよ。ただネノに置いて行かれたくなかったから頑張ったらこうなっただけだから」
俺がそう言えば、また変な顔をされた。大抵、俺がどうしてここまで強くなったかとかを知ったら皆、そういう反応が多いんだよな。
好きな子に置いて行かれないように強くなることは、置いて行かれたくないなら当たり前のことだと思うのだが。
「そ、そうですか。ところであの……村には連れて行けないのに、こんな風なことを頼むのはどうかと思うのだが、途中まで送ってくれないだろうか。
俺はこの山頂から一人で村まで帰ることが難しいんだ。このあたりの魔物は狂暴な魔物が多い」
そんなことをバーナンドさんは言った。バーナンドさんは山頂まで一人で来られる実力はないらしい。此処から村までの距離は俺には分からないが、そこまで一人で向かえないのだという。
バーナンドさんの言葉にネノが俺をちらりと見る。
俺はそれに頷く。
「じゃあ、俺が途中まで送るよ。ついでに村がどのあたりにあるかも目ぼしつけられるだろうし」
「……失礼だが、レオニードさんはこの山頂で生きていけるほど強いのか? これで二人して魔物の餌になるのは遠慮したいのだが」
俺の申し出にバーナンドさんは訝し気に俺を見る。
俺が口を開くよりも先に、口を開いたのはネノとメルである。
「レオを甘く見ないで。レオは強い」
「レオ様は僕より強いんだよ!! そんなレオ様がこんなところで負けるわけないじゃん!!」
ネノとメルがそう言ったのもあり、バーナンドさんは俺が送ることになった。
さて、この山の中でどんな風に人が生きているのだろうか。




