連れてこられた男 3
驚きの声をあげたバーナンドさんは、しばらくして落ちついた。ネノは大声が煩かったのか、少しだけ嫌そうな顔をしていた。基本的に表情が分かりにくいネノだけど、ずっと一緒にいるからネノの表情の違いがわかって、俺は思わず笑みを溢してしまう。
「『勇者』様が此処にいるなんて!! 『勇者』様は『勇者』パーティーの方々と結婚して――って、あれ、夫婦??」
……流石に俺とネノが夫婦だということや、『勇者』であるネノが俺と一緒に宿屋を始めた話はこんな場所まで届いていないようだ。ネノとメルが一気に不機嫌になった。その不機嫌さを感じ取ったからか、バーナンドさんが慌てた様子を見せる。
「す、すみません!!」
「バーナンドさん、大丈夫です。謝らなくて。そういう噂が出回っているのは、俺も知っていますから」
俺はバーナンドさんにそう言って、不機嫌そうなネノとメルに視線を向ける。
「ネノ、メル。噂が広まっているのは仕方ないよ。これから俺とネノが夫婦なんだって見せびらかして、世界中のすべてが俺たち夫婦の事を知っているぐらいになれるようにしたらいいじゃん」
正直俺のネノが他の人と夫婦とか恋人かもって言われるのは俺だって面白くないけれど、実際ネノと夫婦なのは俺だけで、他の男がつけ入る隙など全くないのを知っているから問題ないけれど。
いっそのこと、世界中を見て回る中で俺とネノが夫婦だって見せびらかしたいって思う。
「そうだね。みせびらかす。……バーナンド」
「は、はい」
「バーナンドも知り合いに、私とレオが夫婦って伝える。広める。いい?」
「は、はい」
「私とレオ、ラブラブ。他の人割り込む、無理」
ネノが俺にべたりとくっついて、そんなことを言い放った。可愛いなぁ、ネノはと俺の頬は緩んでしまう。バーナンドさんは、ネノが俺にくっついているのを見て、驚いた表情のままこくこくと頷いていた。
「ゆ、『勇者』様」
「何」
意を決して声をかけてきたバーナンドさんに、ネノは淡々とした返事を返す。
「……あの」
バーナンドさんが何か考えるような素振りをして、何かを言おうとする。
その時に、外から大きな音がした。
何かの鳴き声のような声だ。
「まずい!!」
「何が?」
急に叫びだしたバーナンドさんに、ネノは嫌そうに目を細める。何か魔物の鳴き声だろうことは分かるが、正直言って俺達は魔物が出てこようが問題はない。
「あの鳴き声は、ハイウルフと呼ばれる魔物だ。この山の中でも屈指の強さを持っていて……一度狙った獲物を逃さない習性があって、諦めさせるのが難しいんだ。繁殖力も強い魔物だから、こんな数人だけしかいない状況だと、まず逃げられない……」
バーナンドさんはなぜか絶望したような表情を浮かべている。
ネノとメルが何を言っているんだとでもいうような視線を向けている。俺もどうしてそんなに慌てているのだろうかとは思っているけど。ただネノが『勇者』だと分かっていても、ネノの見た目が愛らしい少女だからこそ、実際に見なければネノの強さも理解出来ないのかもしれない。
俺もそこまで強いと思われないし、メルなんて見た目は子供の姿をしているし。
「何も問題なし。メル、ちょっといってきて」
「うん、ちょっといってくる」
「え、ちょ――」
バーナンドさんが慌てて止めようとするが、メルはもう外に出ていた。
「いや、ちょ――」
「煩い。問題なし。メルは負けない。本当にやばそうなら、私とレオ、答える」
何の問題もない。俺達が勝てない事態だと、それこそ、『魔王』の再来とか、『魔王』よりももっと大変な相手が現れたことになるだろうし……。それこそ世界崩壊とかそんな感じなきがする。それか本当に俺やネノやメルに特化して、俺達を殺すことだけ考えている存在とかいたらどうなるかとかは分からないけどさ。
俺達が人より強さを持っていたとしても、絶対はないだろうし。
でもまぁ、このあたりにいる存在ぐらいでは、メルが死ぬことはないだろうけど。あとメルは竜であるし、滅多なことじゃ死んだりもしないだろうしな。
「……でも」
「でもじゃない。バーナンド、私、『勇者』知ってるでしょ。私も、レオも、メルも、簡単に死ぬほど弱くない」
『勇者』の噂を知っていても、見て見なければ分からない。
バーナンドさんは特に、『勇者』であるネノの強さを見た事もないような場所に住んでいたからこそなのだろう。
不安そうで、今すぐに飛び出したいといった様子のバーナンドさんを俺とネノは止めた。そして宿屋の窓から外の様子を見てもらうことにした。外では、砂ぼこりが舞っている。……メルが結構暴れてるな。しかもよく聞いてみれば、魔物の「きゃんっ」という情けない悲鳴も響いているし。
その様子を見てバーナンドさんはへたり込んでいた。
バーナンドさんからしてみれば、メルが相手にしている魔物は恐ろしい相手で、こんなに簡単に倒せるものではないのだろう。
だけど、メルは強い。
しばらくして戻ってきたメルは、「ただいまー」と笑顔を浮かべていた。




