来訪者 3
「どうか、『勇者』様、共に王都にまで行ってくださいませんか。テディ様も『勇者』様から直接言っていただければ——」
「直接言っても、駄目だったよ?」
「でも……」
「私、忙しい。帰って欲しい。第二王子にはそっちで説明、して?」
翌日、まだ王都に戻っていなかった騎士達は家にまでやってきた。それでネノに対して第二王子であるテディ・アリデンベリに説明をしてほしいと煩いようだ。第二王子だけしつこいのか、それとも他の連中も同じようなのか。何だか面倒そうだ。
「でも……」
「あと、セゴレーヌ様に説明してもらえばいい」
ネノはそれだけ言って、バタンと扉を閉めた。
家の外でまた騒がしく騎士達が騒いでいるが現状の所、放置である。
「レオ、村を出るの、早める?」
「俺はいいけど、ネノはいいのか?」
「レオ、いればいい。ゆっくりしたい気持ちもあった。でも、面倒だからいい」
「そうか……」
正直、俺もネノが久しぶりに村に帰ってくるのだからゆっくりしたいかなと配慮していただけの話であって、特に村を出るのを早める事に対しては異存はない。
村の事を好きか嫌いかと言えば好きだけれども、元々ネノが『勇者』に選ばれなければ村を出て新天地で二人暮らしする予定だったのだ。そのためにお金も貯めていたわけだし、村を出るのには何の問題もない。
「じゃあ軽く挨拶をして出るか」
「うん」
『……ネノ様もレオ様も決断が早すぎる』
「文句あるの、メル」
『ないけどさー。というか、ああいう面倒なのはさくっと殺しちゃえばいいんじゃないの?」
「メル、それすると、面倒」
何だかメルが物騒な発言をしていた。まぁ、ドラゴンのメルからしてみれば面倒な敵などさっさと殺してしまえばいいという考えのようだ。殺そうと思えば殺す事は簡単に出来るだろう。でもだからといってそれをしたいとも思えないし、それをした後にどれだけ面倒か考えるとややこしい。
そもそも俺達は庶民だしな。下手に王侯貴族ともめごと起こそうと思っているわけではない。まぁ、ネノはやれないけれど。
「ネノ、じゃあ行こうか」
「うん」
『って、もう出るの!? 荷造りは?』
「大丈夫、家ごと持ってく」
「問題なし」
『相変わらずおかしなことやろうとしてるし!!』
俺は《時空魔法》を便利だからと鍛えまくった。その結果、《時空魔法》のレベルに関してはネノ以上にあったりする。やろうと思えば家自体を持ち運び可能である。
メルは叫んでいるが、メルも中に入った事があるから俺の《時空魔法》が家ぐらい簡単に入れられるの知っているだろうと思ってしまう。
家の外に出ると、騎士の連中がまだいた。
こいつらまだ居たのかと思ってしまう。家をしまってしまおうと思っていたわけだが、騎士達が非常に邪魔だった。
「『勇者』様!」
「『勇者』様の旦那様もどうか『勇者』様を説得——」
流石に、これだけうっとおしく周りに居たら魔法を使いづらい。というか、家の近くにいると一緒にしまってしまいそうだった。
《時空魔法》で構築した広いスペースの中に生き物を入れる事は可能だけど、国の騎士を飼う気はないのでネノに目配せする。ネノは察してすぐに行動を起こす。
「《勇者の盾》」
その一言だけで、周りに居た騎士達が弾かれたように家の周りから離れる。
『勇者』であるネノは女神から賜った『勇者』としての力を使う事が出来る。それは『魔王』を退治するために渡されているものだが、『魔王』退治を終えた後もそのまま使えるようだ。
《勇者の盾》は結界のような効果を持つ。ネノが設定した通りに動く万能盾。魔族を弾き、魔王の攻撃さえも防げる最強の盾——そう呼ばれているものだ。
「ネノ、ありがとう」
「……どういたしまして」
ネノは小さく笑う。
そんなネノを可愛いなぁと思いながら、俺は《時空魔法》で家をしまった。俺の掌に家が吸い込まれていく光景に、騎士達が「はぁ!?」と声をあげている。
《時空魔法》はレベル上げなければもっと大きく空間を開かないと使えなかったり、途中で制御できずにモノがあふれかえったりするらしいが、レベルをあげればこういうことが出来て本当に使い勝手が良い。だから俺はこの魔法が気に入っている。
「家をしまったのか? ってことはもう村を出るのか?」
「そうか……二人が出ていくとなると寂しくなるな。でもまぁ、元気でな」
村の連中は俺の魔法の事を知っているので特に驚いてはいなかった。ただ、もう村を出るのかと少しだけ残念そうな顔をしていた。
「うん。……時々、帰る。またね」
「ああ。また帰るから。行ってくる」
『軽!? 故郷を出るっていうのに二人とも軽すぎるでしょ』
何だか声をあげているメルの首元をつかむ。『え、ちょ、何!?』とか声をあげているけれど、とりあえずもう行くことを決めているのでさっさと村を出ようと思っているのだ。
「ネノ、行くよ」
「うん、行こう」
俺はネノの手を取り、左手でメルをつかんだまま駆け出した。
後ろの方で、「ま、待ってください」「『勇者』様!?」と声が聞こえてきたが、俺とネノはただ前を向いて後ろを振り向く事はなかった。