『勇者』に選ばれた時のこと
私はネノフィラー。
大好きな旦那さんがいる。幼いころからずっと過ごしてきたレオだ。レオは、いつでもかっこいい。
私は十五歳になってしばらくして、レオと結婚した。今までもずっと一緒に過ごしていたから、大して生活も変わったわけではないけれど、それでも結婚して、私がレオのお嫁さんだと名乗れることが嬉しかった。
十六歳になったら、レオと一緒に生まれ育った村から出て、旅をする。レオは私の旦那さんなんだと、皆に自慢する。考えただけでふふふと笑みを溢してしまいそうだ。
「……レオ」
眠っているレオを見る。寝顔のレオは可愛い。好きな人の寝顔は、誰だって可愛いと思うだろう。
レオの髪に手を伸ばして、ゆっくりと撫でる。さらさらの髪――、いつまでも触っていたい気持ちになる。
「ん……」
撫でていたらレオが目を覚ました。寝ぼけている。可愛い。
「ネノ、おはよう」
「おはよう」
朝から好きな人と一緒に目を覚まして、好きな人の寝顔を見れて、好きな人とおはようと言いあえる。私はとても幸せだ。
その日も私とレオはいつも通り過ごした。メルの所にいったり、狩りを行ったり、魔法の練習をしたり――そんな何気ない日々を過ごす。
そして私は待ちに待った十六歳を迎えた。レオと一緒に世界を見て回るんだ。レオが旦那さんなんだって自慢するんだ。そんな思いにかられて嬉しくなる。
なのに、その日、不思議な夢を見た。私はいつもレオやメルや亡き両親の夢ぐらいしか見なくて、後は夢も見ずにぐっすり眠るタイプなのに。不思議な女性の声が響いて、『勇者』とかよくわかんないことを言っていた。
この世界では時折、『魔王』という存在が発生する。その『魔王』を倒さなければ人々は大変なことになるだろう。だけど、『勇者』とか『魔王』とか私にはどうでもよかった。ただレオと楽しく過ごせていればそれでいいと――。
なのに、私の体に不思議な痕が現れていた。
それに気づいたのはレオである。
「ネノ、これって」
「……なんか、変な痕」
なんだかこんな痕があるの、嫌だなと思った。
なんだろう、不思議な力を感じるし、何だか不愉快な気持ちになった。でもこういう痕が出来ていたとしても、私には関係がない。
そう思っていた。
――だけど、それからしばらくして、国から騎士達がやってきた。私が『勇者』らしい。『魔王』を倒すための『勇者』であると。
そんなものどうでもよかった。『勇者』であるというので、騎士達は私にキラキラした目を向ける。村人たちは「ネノが『勇者』!? でも納得だ」と納得していた。下手に周りの目が変わらないのは、楽だ。生まれ育った村の大人たちは、昔から私とレオを見ているからあまり動揺しないと言っていた。
正直言って私もレオも普通に過ごしているだけだけど、私たちは結構普通とは異なるとは認識している。
「ネノが『勇者』かぁ」
レオももちろんだけど態度が変わるということはなく、ただ私が『勇者』に選ばれたことに驚きと困ったなという雰囲気を醸し出していた。
うん、私も困っている。
まさか、『勇者』に選ばれるなんて思っていなかった。私が『勇者』か……。正直言って望ましくないことだ。レオと一緒に折角これから楽しい夫婦生活を送ろうとしていたのに、なんとも気分がそがれた。
でも『魔王』退治というのは、世界にとっては必要なことだ。『魔王』を倒すのに最良なのは、『勇者』が『魔王』を倒すことだ。
――『魔王』を倒さなければ、私とレオの穏やかな生活に影がさされるかもしれない。何故私が――という気持ちも大きいけれど、それでも『勇者』は一人しかいない。だから……、やったほうがいいだろう。
「……レオ、『魔王』退治行く。すぐに終わらせる。そしたら、レオと旅立つ」
すぐに『魔王』を倒そう。『勇者』としての責務をちゃんと終えれば、国も文句はないはずだ。私とレオならば、国が相手でもどうにでもなるだろう。二人で人里離れた場所で過ごしても良い。でも『魔王』退治を行った方がいいだろう。
「そうだな。『勇者』に選ばれたなら『魔王』退治はやったほうがいいかもしれない」
「うん。その分、報酬も出るって、聞いた。だからさっさと終わらせる。終わらせて、レオとのお店の資金にする」
私とレオは世界中を回って、お店をやって楽しく過ごそうと思っている。——その資金にはなるだろう。それに『魔王』を倒した『勇者』というネームバリューがあったら、お店も軌道に乗りやすいかもしれない。
どちらにせよ、やったほうがいいというのならば未来のことを考えて、前向きに『魔王』退治に向かおう。
でもレオと少しの間だけでも離れるのは寂しい。『魔王』退治のメンバーは『勇者』以外もう選出されているらしいし、仕方がないか。
「レオ、私すぐに『魔王』倒す」
「ああ。じゃあ、俺はネノの帰りを待ちながら旅の資金集めをしておく」
「ん」
レオの笑みを見ると、私はほっとする。何だろう、レオが笑っていると幸せな気持ちだ。
それから旅立ちまでの間、レオといちゃいちゃすごした。レオ成分を沢山補給していたのだ。——『魔王』退治、すぐに終わらせよう。私は『勇者』として王都に向かいながらそんな決意をするのだった。




