これからのことと旅立ち 1
穏やかに過ぎて行った港街での日常。
その日はいつも通り、宿の経営を続けていた。この街に辿り着いて早数か月——、この街に『勇者』の経営している宿があるのが当たり前という認識になっている。
俺とネノもこの街の住民にすっかりなっているようなそんな気持ちになっている。
「レオ、そろそろ、次行く?」
ネノがそんなことを言い出したのは、そんな当たり前の日常を送っている時のことだ。
ネノの言葉は少ない。慣れていない人だとネノが何を言いたいのかなど分からないかもしれない。だけど俺は昔からの付き合いで、ネノの事をずっと見ていたからネノが何を言いたいかは分かる。
「そうだな。俺もそろそろ次に行っていいと思う」
「うん。何処がいい?」
ネノが言っているのは、そろそろこの街を後にして、店舗ごと次の場所に行こうかということである。
元々ネノと一緒に色んな場所を見ることを決めていたのだ。そのために宿を持ち運びできるようにしていのである。
「俺はもう少し静かな場所でもいいかなって次は。まぁ、とはいえ、大きな街とかも見てみたい気はあるけれど」
「全部行こう」
「そうだな。全部順番に行きたいな。ネノは?」
「街の人が、ちょっといった所に火山あるって言ってた。行かない?」
ネノが俺に向かってそんなことを言う。
ネノもこの港街での暮らしの中で街の人々と仲良くなっていた。俺の知らない所でそういう近場の話を聞いていたのだろう。
ネノの言葉に火山か、と考える。
火山という場所を俺は知識として知っているけれど、俺は行ったことはない。ネノは確か『勇者』としての旅の中で火山に一度行っていたはずだ。
「俺は火山には行ったことがないから行ってみたいけど、ネノは行ったことあるだろ?」
「うん。一度。でも『勇者』としての旅の時だし、ゆっくりはしてない。ここの近くの火山は私も行ったことない。レオと一緒に見たい」
ネノがそう言って笑ってくれて、俺は幸せな気持ちになった。
「じゃあ、火山の方に行くか」
「うん」
「火山でも宿やるか」
「うん。お客さん、少ないかもだけど、それもあり」
人がほとんどいない場所に行くとは言え、宿をやらないという選択はない。寧ろ誰もいないようなところで宿をやってみるのも楽しいものだと思う。
というか、ネノと一緒だったのならば何処で宿をやったとしても、お客さんがどれだけ少なくても楽しいから問題はないけれど。
「火山って暑いんだよな」
「うん。あつい。びっくりする。火竜とか、火を噴くような魔物が多い」
「火竜か……。火竜とは戦ったことないな」
「火竜、個体によっては襲い掛かってくる。そしたら倒して素材にする」
「それもいいな」
メルは会話も出来るし、子供とはいえ頭の良い竜だ。だけどもっと下位の竜というのは力の差なんて考えもせずに襲い掛かってきたりするものである。
俺とネノとメルが揃っているのならばまず何かあったとしても負けることはないだろうし、素材にするのもいいかもしれない。
そうこう会話を交わしていれば、外に出ていたメルが帰ってきた。
「ただいまー!!」
大きな声を発して戻ってきたメルの顔は少し泥で汚れている。遊んできたのだろう。
「メル、おかえり。汚れている」
ネノはそう言いながら、タオルを手にそれをふき取る。
「ありがとう、ネノ様!!」
「ん。どういたしまして。そうだ。メル、もうすぐ次の所行くよ」
「次のところ? どこいくの?」
「火山」
「火山? 熱いところだよね。母様に聞いたことある」
そういうメルは火山には行ったことはないらしい。それにしてもメルの家族にもいつか会いに行きたいし、どのあたりに住んでいるかどうかもちゃんとメルに聞いておかないと。
「火山も楽しそう。火山の中入りたい」
「流石にメルでも火傷するんじゃないか」
「んー、大丈夫だと思う。母様は前に炎の風呂に入ったみたいにいってたよ」
そう言うならメルの種族は火山の中でも大丈夫なのかもしれない。流石に人間である俺とネノは魔法を使ってじゃないと火山の中には入れないだろう。
「凄い」
「へへへ、そうだよ、僕すごいんだよ!! レオ様とネノ様はもっと僕の凄さを知ってよね!」
「うん。凄い凄い」
ネノがそう言って頭を撫でれば、メルは嬉しそうに微笑んだ。
「火山で美味しそうな魔物あるなら食べたい。あったかいのかな、やっぱり」
「そうじゃないか? 分からないけど」
「とりあえず食べてみる!!」
「お腹壊すぞ」
「大丈夫。多分、壊さない」
なんだか自信満々にメルはそう言うが、本当に大丈夫だろうか? まぁ、死にさえしないのならばドラゴンのメルは体が丈夫だろうし、問題はないだろう。
それにしても火山かぁ。
火山の風景というのを俺は知らない。どんな風な光景があるのだろうか。
高い山の上、火が噴き出る場所があって、火属性の魔物が多くいる。——それは知っているけれど、知っているのと実際に見て見るのとは違うものだろう。
俺はネノとメルと、どんな光景が共に見れるのだろうかと考えるだけで楽しみになってきた。




