祭り準備 8
ムッとした表情を浮かべた冒険者ギルドのギルドマスターは口を開く。
「何故だ。『勇者』とその伴侶であるのならば、冒険者ギルドは手厚く歓迎するのだが」
「そう言われましても、俺もネノも冒険者として活躍をしたいわけではありません」
冒険者というのは夢ある職業である。名をあげればそれだけ英雄とみなされ、富も女も何もかも手に入ると言われている。代わりにそれだけの冒険者になるためには無茶をしなければならない。高位の冒険者になりたいと夢見て、冒険者になったものの芽が出ずに諦めるものは多数いるときく。それどころか道半ばに命を落とすような存在もいるぐらいだ。
ぶっちゃけ、俺はネノと平穏に過ごせればそれでいいので、進んで危険を犯してまで冒険をしたいとは思っていない。そもそもどこかに所属すればそれだけ何かややこしい案件が待っているものだ。商業ギルドは店をやるために必要なので登録したが、冒険者ギルドは登録する必要性が感じられない。
俺とネノなら高位の冒険者にはすぐになれるだろうが、ややこしい制限をかけられたり、強制依頼が発生したりするらしいし、やっぱり登録する必要は皆無だと思う。
それにしても何でそこまで俺たちに冒険者ギルドに登録してほしいのか。正直冒険者になりたい奴なんて世の中に幾らでもいるのだから、わざわざ冒険者ギルドのギルドマスターが出てくるのがよく分からない。
「……どうしてもか」
「はい。というか、そもそも何で俺たちにそんなに冒険者になってほしいのですか?」
「『勇者』とその伴侶が冒険者ギルドに所属することを皆が期待している。それにこの街で登録をしてくれれば、此処は『勇者』が冒険者登録した街として有名になることだろう」
「客寄せにさせるのは嫌」
ネノが冒険者ギルドのギルドマスターの言葉に眉を顰める。
この冒険者ギルドのギルドマスター、嘘がつけなさそうだ。馬鹿正直にそういうこと言わなくていいのに。そう思っていたら「言い方があるだろ」と商業ギルドのギルドマスターに怒られていた。
「……『勇者』の伴侶はともかく、『勇者』はあれだけ強いのだから冒険者ギルドに登録すると思っていた」
「強いから登録するってなんでそう思ったんですか?」
「あれだけ短期間で『魔王』を滅ぼせるほどに強いのだ。ならば戦う以外に生きる道などないだろうと思っていた。『勇者』ほどの戦力を宿屋にするなど、信じられないことだ」
うーん、あくまで冒険者ギルドのギルドマスターからしてみれば、ネノは『勇者』でしかないのだろう。『勇者』であるネノしか見ていなくて、そこにいるネノって女の子のことは見ていない。
というか、強いから戦う以外に生きる道がないというのもいまいち意味が分からない。強かろうと弱かろうと、生きる道が一本しかないなんて決めつける生き方は生きにくそうだ。例えばどんなに弱い人だって、戦いの道を選ぶことは出来るし、戦うことしかしてこなかったとしても他のことをやってみてその道を選択することだって当たり前に出来ると思うんだが。
そもそも信じられないとか言われてもそんなの本人の自由で、周りがどうこういうことでもないし。
「なんかうるさいね、この人!! レオ様、ネノ様、追い返す?」
「いや、そんな実力行使しなくていい」
メルが面倒そうに冒険者ギルドのギルドマスターを睨みつけている。
「力あろうが、私の自由。私、宿やりたいから」
「そうですね。強さは関係なしに、宿をやることを選んだのは俺とネノです。そして冒険者ギルドは所属を強要することは許されていないはずです。お引き取り願えますか」
ネノに続いて俺が言えば、冒険者ギルドのギルドマスターは予想外の表情を浮かべた。
「……そうか」
なんかさっきまでムッとしていたのに、急に落ち込んだような顔になって俺は困惑する。この人がどういう人なのか出会ったばかりというのもあっていまいち分からない。
横暴で無理やり所属させようとしているのかと思ったのだが、違ったのだろうか……と思っていると商業ギルドのギルドマスターが俺たちに言う。
「すまない。こいつはギルドの連中にこの街に『勇者』夫婦がいるのに冒険者ギルドに所属しないのは何故だ、と散々色々言われているようだ。こいつが『勇者』夫婦に何かしたからこそ来ないのではないかなどと言われて、どうか所属してくれないかとここまで来たのだ。会話が得意ではないが、悪い奴ではないのだ」
「そうですか……」
「それで本人達を説得しに行ったという事実があればギルドの連中も納得はするだろうということで連れてきた。こいつは……自分が言えば所属してくれるのかと期待していたようだ。もう連れて帰る。夜にすまなかった」
「あ、はい。大丈夫です」
「ほら、謝るんだ」
商業ギルドのギルドマスターが冒険者ギルドのギルドマスターに促せば、「夜にすまなかった。これで明日にでも報告が出来る」と口にする。よっぽど色々言われていたらしい。その後、「本当に所属してくれないのか?」と名残惜しそうに見られたが、断っておいた。
帰り際に「魔法の打ち合いの許可も出た」というのも知らされた。




