開店 2
開店して客室はすぐに埋まった。驚きの速さである。正直言ってこんなにすぐにすべての部屋が埋まってしまうとは、思ってもいなかった。盛況なのはとても良いことだが、中には「ずっと並んでいたのに」と文句を言うものもいた。そうはいっても八部屋しかないのだから仕方がない。
予約は出来ないのかといった話も出ていたが、現状そういうつもりはない。あ、でもこの八部屋に泊った人たちがどれだけ長く此処に泊るか次第では日数制限でも付けた方がいいのだろうか。そのあたりはネノと相談しなければならないだろう。
やっぱり、こういう宿というのはやってみなければ分からないものだなと思った。
文句を言っていた連中も、宿の受付が『勇者』ネノなのもあって、実力行使して無理やり泊まろうとするような人はいなかったのは良かったが。とりあえず丁重にお帰りいただいた。これだけ多く泊まろうとしてくれるのならば部屋数を増やすのもありと言えばありかもしれないけれど……、でもそうなると俺たちだけで運営する範囲を超えるだろうしな。そもそも持ち運びするにあたってあまり巨大だと面倒だし。
この街は人が多いからこそこれだけ並んでいるけれども、誰もいないような場所に宿を置く事もあるしなぁ。そのあたりはやはりネノと相談して考えなければならないだろう。
8人が部屋を振り分けられて、そのうちの何人かは朝食も希望していた。そのため、俺はそちらの対応をすることになった。メニューに書かれた朝食を選ぶ客たちの声を聞いて、朝食を用意する。その間に食堂だけ目当ての客たちのことはメルがなんとかしていたようだ。あとはネノが受付を終えてそちらを手伝ったりしていた。
「……あんた、『勇者』様の旦那なんだって、どうやって『勇者』様を落としたんだ?」
食事を運んだら宿の宿泊客の冒険者、年は二十代ぐらいだろうか。その男がそう問いかけてきた。他の朝食を食べている客もその質問を気になっているようで、ちらちらこちらに視線を向けていた。
「どうやってって、言われてもなぁ」
ぶっちゃけ、どうやってと言われても何と言っていいか分からない。
俺がネノを好きになって、ネノに追いつきたいと願って、そして追いかけた。そしてネノが俺のことを好きになってくれた。——人の思いなんて、結局その人本人にしか分からないものであり、そういうことはネノに聞いた方が分かると思う。
「ただ俺がネノのことを好きになって、ネノも俺を好きになってくれたってだけですし」
うん、本当にそれだけだ。ネノは『勇者』だから特別視されるし、ただ結婚しているだけでもどうやってなんていわれてしまう。でも――ネノは『勇者』であることを除けば、本当に普通の女の子なのだ。
「気になるなら、ネノ自身に聞いた方がすっきりすると思いますよ」
「いやいや、本人に聞くのは流石に――」
「答えるよ?」
ネノが男の後ろにいた。まぁ、俺は近づいてきているのは気づいてたけど。
「ゆ、『勇者』様っ」
「私はレオだから大好きなの。レオだから奥さんになったの」
ネノは表情を緩めていった。ああ、可愛い。
「――レオは、私とずっと一緒。私のこと好きでいてくれる。一緒にいると、楽しい。だから、ずっと一緒に居たい。そう、心から思った。だから、だよ」
ネノは、偽りをあまり口にしない。本心をこうして口にする。その言葉が、本心からの言葉だと知っているからこそ、余計に嬉しい。
「ネノ……」
「レオ……」
「って、待て待て。俺たち、客が居る前で何をそういう空気を出している!?」
ネノが可愛すぎて、キスしたいなぁとかいう気分になってネノと名前を互いに呼び合っていれば、冒険者に突っ込まれた。
「ネノ、あとでな」
「……うんっ」
仕事中なのもあるので、あきらめてそう口にすればネノは頷いた。
そんな俺たちのことを朝食をとっているものたちは呆れた目で見ていた。
この俺に質問をしてきた冒険者は、世界中を旅しているソロの冒険者らしい。ランクも高ランクのようだ。へぇーって思った。名前はヴァイザックさんというそうだ。
この街に留まる間は、折角なのでレアノシアに泊るつもりなんだとか。
ヴァイザックさん以外の宿泊客の中には、街に住んでいるが折角なので一泊したいと来たものもいるらしい。だったら明日はまた別の人がここに泊れるということだろう。
朝食を宿泊客たちが食べ終わり、それぞれ行動を始める。ヴァイザックさんはこれから冒険者ギルドで依頼を受けるらしい。送り出した後に、昼食の時間がやってくる。
外で並んでいる人たちは全員、食堂の昼食目当てだろうか。これも全員入る事は出来ないだろう。待ってもらうことになるが、それも仕方がない。
繁盛しているのは良いことだし、頑張るとするかと俺は気合を入れた。




