魔の申し子 1
「ネノ、ただいま」
俺がそう言って中へと入れば、一斉にこちらに視線が向く。
「レオ、お帰り」
にこやかにネノが笑う。
メルはまだダンジョンから帰ってきていないようだ。
他に三人の人影がその場にはある。テディ、ドゥラさんと……、見たことのない黄緑色の髪の男性。顔立ちは整っていて、テディとドゥラさんと比べるとその表情は無。どちらかというとネノに似ている雰囲気である。
この人が魔の申し子と呼ばれるジュデオン・ラヤームさんだろうか?
それにしても視線が中々鋭い。この人は俺に対して何かしら思う所があるのだろうなと思う。
『勇者』パーティーのメンバーはほぼ全員がネノに対して好意を抱いているというのを聞いているけれど、ジュデオンさんはどうだろう?
無表情である彼はまるで生きた彫刻か何かのようだ。これだけ見た目が良くて、『勇者』パーティーの一員として活躍していたというのならば周りに人気なのだろうな。
「貴方がネノフィラーの夫か」
「そうですよ。俺はレオニードです。よろしくお願いします。ジュデオンさん」
彼がネノに対してどのような感情を抱いているかは聞いてみないと正確には分からない。少なくとも俺に対して何かしらの複雑な感情は抱いていそうだとは思う。向こうが俺に対してそういう感情を抱いているとしても俺は仲良く出来るのならばしておきたいとは思っている。
そういうわけで俺はにっこりと笑いかけた。
とはいえ、ジュデオンさんは眉をひそめている。……何かしら俺の態度が気に食わなかったのだろうか?
「私はジュデオン・ラヤームだ」
「はい。それは知ってます」
俺がそういうと、ジュデオンさんは無言のままじっと俺のことを見ている。
何も言わないので、笑いかけておく。でも何も言わないから、見つめあう不思議な空間が出来上がっていた。
「レオ、魔法使いのこと見すぎ」
そうしているとネノが不機嫌そうに俺にそういう。
俺がジュデオンさんばかりを見ていたことに嫉妬したのかもしれない。可愛い。
「ジュデオンさんが何か言うかなって」
「何を言われても気にする必要なし」
そう言い切るネノは本当にはっきりしている。
「……ネノフィラー、君は本当にこの男に惚れているのか」
そして無言だったジュデオンさんがようやく口を開く。怪訝そうな声で問いかけられて、何とも言えない気持ちにはなる。そんなにネノが俺のことを好きなことが不服なのだろうか?
「私、好きなのはレオだけ」
「……平民の男なのに?」
「レオがどういう立場でも好き。レオがレオだから」
俺の腕にべったりとくっついて、ジュデオンさんを見ながらまっすぐにそういうネノ。俺のネノは本当に可愛い……。
「……私の方がかっこいいだろう」
そんなことを言い出すから驚いた。自分からそういうことを言うなんてナルシストなのだろうか? それとも今まで異性に囲まれてきたから、客観的に見て自分がかっこいいと理解しているとかそういう系か?
「レオのがかっこいい。レオが世界一」
「……私は魔法を複数属性使える」
「レオは《時空魔法》が使える。そもそも、魔法の腕関係ない。レオがレオだから、好き」
「……私はこれまで多くの功績を残してきた」
「功績関係なし。そんなもの要らない」
「……私は多くの財産を持っている」
「そんなのこれから稼げばいい。レオと一緒ならお金なくても、楽しい」
ジュデオンさんは何かアピールし始めた。
ネノはただ本心から答えているだけだろう。ネノの言動一つ一つが、ああ、好きだなと思う。こういうはっきりしていて、まっすぐで、可愛い。本当に最高のお嫁さんだと思う。ネノの言葉を聞いているだけで顔がにやけてくる。
「ジュデオン。ネノフィラーは本当にレオニードのことが好きなんだぞ。色々言ったって仕方がないぞ!! それにレオニードは本当に凄いやつだからな」
テディが後ろからそんな声をあげる。そしてその後ろでは呆れたような表情のドゥラがいる。
「……だからといって簡単にあきらめるなど出来ない。ネノフィラー、私は君のことが好きだ。君は若くして『勇者』という地位につき、どんな者にも惑わされない強さを持っている。この私よりも優れた魔法の力を持ち、どれだけ力を持っていても平然としている。その強さに私は惹かれたのだ。そのような平民と共にいるよりも私と結婚した方が君は幸せになれるはずだ。だから、私と結婚してほしい」
急にプロポーズを始められて、驚いた。
というか、夫がいる前で妻にプロポーズするとか中々アレである。それにしてもネノの幸せを勝手に決めつけているのはどうかと思った。幸せであるかどうかなんて決めるのは本人だけなのに。
「私はレオと結婚している。レオが好き。それ以外に告白されてもどうでもいい。私はレオの隣が幸せ。客でもないなら、今すぐ去って」
『勇者』パーティーで活躍した魔法使い――そんな英雄に告白されても俺のネノは顔色一つ変えずに、淡々とそう言い切った。
あまりにも冷たすぎる発言だったからか、
「なななっ……ぐすっ」
……ジュデオンさんが泣き出してしまった。