旅立ち前に、やってくる ③
おばあさんの経営している宿からの帰り道、魔女について考えてみる。
魔女とは総じて、力を持つ女性の呼び名である。良い意味でも悪い意味でもその名は世界に名を刻んできたはずだ。
ネノだって『勇者』に選ばれたから、その名を周りに知らしめさせているけれども――もし『勇者』にならなかったら力を持つ魔法使いとして魔女という名で呼ばれていたかもしれない。
そう考えると、魔女という存在が身近に感じられる。
どちらにしても魔物が闊歩する森の中で生きているというだけでもとても力が強いのだろう。
どういう存在なのだろうかと、俺自身はちょっと興味が湧く。だって俺は魔女と呼ばれる存在にあったことがないから。
長生きしていたりするのだろうか? 俺達の知らないようなことを沢山知っていたりするのだろうか? そう考えると少しだけワクワクした気持ちになる。
魔女から話を聞ければ、もっと面白い場所を教えてもらえるかもしれないし。
そうなればその後に行く場所が決められるからいいしなぁ。
そんなことを思いながら歩いていると、周りからの視線が痛い。
俺に直接話しかけてくる人は少な目だから、それは楽である。急にもてはやして、俺に対して下手に出る人たちを迷惑そうにしていたのを見たからだろう。
冒険者達の中には話しかけてくる人はいるが、そのあたりはダンジョン内で宿に泊まったことのある客たちなので問題はない。
「レオニードさん、次のダンジョンでの宿はいつなんですか?」
「まだ決まってない」
彼らはダンジョンで俺達の宿が開かれることを心待ちにしている様子だった。
ダンジョンの中に休息できる宿があるというのは、冒険者達にとっては喜ばしいことだったのだと思う。
俺達はダンジョン内で寝泊まりするのをどうにでも出来るけれど、普通だとそうはいかない。魔物が寄ってこないように魔法具などで対策をしたとしても、それではどうにも出来ない魔物に襲われる可能性だってある。ダンジョンというのは基本的に予測不可能な危険な場所だ。
ラポナというダンジョンマスターの存在を知ったからこそ余計に思うが、その存在の手によってダンジョンは自由自在に変わっていく。
そんな普通とは違う場所で、幾ら魔法具を使っているからといって心から休めるわけではない。
だからこそダンジョン攻略中に俺達の宿に泊まれるというのは彼らにとって休息の場なのだろう。
……俺達がこの街を去れば、冒険者たちはがっかりするかもしれない。でも俺達のように宿を設置することが出来ないにしても、本当に求めるのならば似たようなサービスを作ることぐらいは出来るのではないか? とは思う。これだけ需要があるわけだしな。
念のため、もうすぐこの街から去る可能性があることも改めて言っておく。残念そうな顔をされたが、無理にこちらを引き留める気はないようだった。
俺達はもうすぐこの街を去るわけだけど、何年か後にこの街を訪れた時に色んな変化がありそうだなと思うと楽しい気持ちになる。
というかあれだなぁ。商業ギルドに顔を出して、ダンジョン内での宿はともかくとして簡易的な休憩所みたいな仕組みを今後作るのはどうかって提案でもしてみようかな。例えば土属性の魔法で小規模な洞窟みたいなのを作るとか、無属性の魔法で周りからの侵入者を防ぐとか。そういうものならやろうと思えばできると思うんだよな。
そういう仕組みが広がれば、冒険者達だって楽だろうし。あとそういう仕組みの発案者ということでその分お金も稼げる気もするから。
途中で買い物などをしながら、俺は宿へと戻る。
今は昼食と夕食時の間なので、宿泊客以外は中へは入れないようにしているはずだ。
だというのに……、なんだか人だかりが出来ている。
これだけの人が宿へと集まっているなんて何かあったのだろうか? 人だかりは俺の姿を見るなり、道を開けてくれる。
彼らはどうやらきゃーきゃー騒いでおり、王子殿下と言う単語が聞こえてきた。
……宿へと近づけば、前に話したことのある騎士たちの姿が映る。
「レオニード様、お久しぶりです!」
「お久しぶりです。……もしかしてテディが来てますか?」
王国騎士団の制服を見に纏った騎士たちがこれだけ勢ぞろいしているとなると、それしかないだろう。
前に港街で宿をやっていた時も来ていたが、また来るなんて暇なのだろうか? いや、絶対に暇なはずはないと思う。王族となるとやることは盛りだくさんのはずだ。
「はい。今回は、テディ様だけではありません」
騎士にそう言われて、思い浮かべるのはドゥラさんだが……多分、それだけならこんな表情はしないと思う。
「もしかして……他の『勇者』パーティーの方も来てます?」
俺がそう問いかければ、騎士は頷く。
「今回はジュデオン・ラヤーム様もいらっしゃっています」
――その名は、魔の申し子と言われる『勇者』パーティーに所属する魔法使いの名前だ。
俺は騎士に「教えてくださりありがとうございます」とお礼を口にして、宿の中へと入るのだった。