旅立ち前に、やってくる ②
「面白い噂を知っているかどうか……? あんたたちの興味を引くようなものを私が知っているとは思えないが……」
おばあさんに早速問いかけに行けば、そんなことを言われる。
「いや、何かしらの面白そうな情報は知っているのではないかなと思ってます」
「そうかい……。しかしどういうものを求めているのかい?」
おばあさんはそう言いながら思案するような表情をしている。
おばあさんのやっているこの宿は相変わらず街の人々にはあまり知られていないようである。というか俺が時折顔を出していても噂にもなっていない。そういう部分も含めてここの宿は面白いなと思う。
「俺達が見たことのないようなものですかね。ネノは『勇者』として旅をしていたから、俺よりも色んなものを見てきています。でも俺は村を出てこうやって外を見て回るのは初めてなので全てが新鮮なものですけど」
俺にとっては行く先行く先が初めての場所なので、正直言って何処でも楽しい限りである。
「見たことがないようなものか……。私の知っていることなんて、人から聞いた話か、若い頃に訪れた場所ぐらいだが……」
「それで問題ないので、教えて欲しいです」
「そうさなぁ、若い頃に訪れた絶景だとユガンディの小島とかかね」
「小島ですか?」
「小島がぽつんと浮かんでいてね、周りに人が一人乗れるぐらいの岩場や小さな陸地が見えて、希少な魔物や植物がみられて……中々良い光景だったよ」
おばあさんがそう言いながら懐かしむように目を細める。
俺は海を見たのもこの前訪れた港街が初めてである。魚を取るために船に乗せてもらったりはしたけれども、それ以外の移動で船に乗ったことはない。長い期間を海の上で過ごし、違う場所へと行くなんてしたことがない。
そういうのもいつかしてみたいなとおばあさんの言葉を聞きながら思った。
というかこうやって誰かの心に残るような素敵な景色があるのならば、是非とも見に行きたいし。
「そうなんですね。いつか見に行きたいので、場所を聞いてもいいですか?」
俺がそう言ったら、「場所は遠いけどね……」と言いながらその小島が何処にあるのかを教えてくれた。確かにその場所はこの街から随分遠い。結構生まれ育った村から出ずに、そのまま一生を終える人は多い。でもこのおばあさんはこんなに遠い所にも足を延ばして、そしてこの街にいるんだなと思うと凄いなと思う。
「ありがとうございます」
こうやって人と話すと、行きたい場所がどんどん増えていく。ネノに見せたい景色。俺自身も見たいもの。そういうものが増えていくとワクワクした気持ちになる。
「あとはそうだね……この前、この宿に泊まった客が面白い話をしていたよ」
「面白い話?」
「ああ。魔女のことを話していたんだ」
「魔女ですか?」
魔女を示す言葉の意味合いは、良い物も悪い物もある。俺が昔聞いた童話などでも良い魔女も悪い魔女もいた。
例えばまるで魔法を使うかのように薬を作り、人々を救った少女が良い意味で魔女と呼ばれる話がある。
例えば魔法の腕前が良く、それが理由で目立った女性が悪い意味で魔女と呼ばれる話がある。
例えば人型の魔物――メルのように魔物が人に変化したものも含む――が討伐対象として魔女と呼ばれる話がある。
……魔女と聞いただけで悪い存在だと判断する人も中にはいるが、一概に魔女と呼ばれるものが危険であるとは言えないだろう。
胸糞悪い話だけど特に何もしていない女性を、処罰するためだけに魔女という悪意ある名を与える場合もあるらしい。
「この街からいくつか街や村を跨いだ先に大きな森がある。そこには昔から魔女が住むと噂されているらしいんだ。私も長く生きているが、魔女には会ったことがないのでちょっと気になっていてね」
「それってどういう噂ですか?」
「そこまでは客は言っていなかったが、昔から住んでいるというのに、これまで噂は流れていなかったんだ。それなのに……急に、その森には魔女がいると噂されるようになっているんだ。その魔女に何かがあったのかもしれないね」
おばあさんの言葉に確かに…と思う。
昔からその森に魔女がいたというのに、これまで広まっていなかったのは広める必要がなかったからなのか、最近意図的に噂が流されるようになってしまったのか……。
どちらにしても魔女に何かがあったのかもしれない。
魔女という存在がどういう者なのか。少し気になるので頭に留めておくことにする。ネノとメルが会ってみたいというのならば魔女の住む森を探索してみるのもありだろう。あとはその森の立地やその周辺にどれだけの集落があるかなども踏まえて考えるか。
今度、宿をやる場所は人があまり多くない場所の想定だから、その魔女の住まう森の周辺で客が押しかけてきそうなら違う場所で開きたいし。というか、俺達が宿とか始めたら、その魔女にも迷惑をかける可能性もあるからなぁ……。