街での宿経営と、ダンジョンの話 ⑥
その聞こえてきた声は、まるで少女が語り掛けてきているような愛らしい声である。
しかしそういう声だからといって警戒心を解くということは出来ない。世の中には見た目は無害そうな姿をした魔物というのはそれなりにいるのだから。
ネノの夫という立場である俺は、知能のある魔物たちからしてみればある意味特別な立ち位置にいるともいえる。ネノの力をそぐためにも俺をどうにかしようかと考えている者もいるかもしれないのだ。
「――お前は、誰だ?」
『ひっ、て、敵対するつもりはないです!! 私、困ってるんです! お、穏便に済ませたいと思っているので話を聞いてほしいのです! あ、あれだったらこのダンジョンの目玉商品もプレゼントしちゃいます!』
その相手が何処にいるかは分からないが、侮られないように低い声で問いかければ慌てたように声が帰ってきた。
ダンジョンの目玉商品って、なんのことだ?
この声の主はよっぽど俺たちとは敵対したくないようではある。
『あ、あの、このままだとこのダンジョンが暴走するので、ちょっと、助けていただきたいなと! 『勇者』さんと旦那さんにとってもそれを放置する気はないと思うので、よろしくお願いします!!』
その声の主ははっきりとダンジョンの暴走と口にした。
それは起こるかもしれないと危惧されてはいるが、本当に暴走が起こるかどうかというのは誰も把握出来ないはずである。なのに声の主はそれを断言した。
『あ、ああああの、ドラゴンさんにも言ったのですけど、『勇者』の旦那さんたちとは絶対に敵対したくはないので! 警戒しないでもらって、大丈夫です! えっと、それで詳しい話をしたいと思うのですが、わ、私のこと、殺さないでもらえると……!!』
よっぽど俺たちに対して怯えがあるようだ。
俺たちはこの声の主と対峙したことは一度もないはずだけど、ダンジョンが暴走する時期を知っているということは何かしらダンジョンにまつわる存在なのだろう。だからこそダンジョンで宿を開いていた俺たちのことを見ていたのかもしれない。
それにおそらく声の主は人間ではない。
何かしらの魔物の一種だと思われる。だからこそ『魔王』を倒した『勇者』であるネノに怯えるのもある意味当然と言えば当然なのだろうか。
「手出しをされなければ、殺したりはしない」
『な、なら、良かった。えっと、ちょっと私の所まできてほしいので、右側にあるダンジョンの壁に手を触れてもらっていいですか! ほ、本当に殺さないでくださいね!』
どれだけ怯えているのだろうか……?
ずっと殺さないで欲しい、敵対したくはないと言い続けるその存在によく分からない気持ちにはなる。
そもそも本当に俺たちをおそれているのならば、接触してこないのも一つの手であると言える。それなのに敢えて接触をしてきたというのは、それだけの理由があるのだろうか。
ひとまず俺はその声の指示通りに壁に手を当ててみる。
その必死な声からしてみて、俺たちをどうにかする気はないのは分かるので問題はないだろう。何かあったら無理やり魔法を使って対応するだけだしな。
俺がふれた箇所が急に光った。ダンジョン内の魔力がその場に集まっている。
そしてその壁の一部が開かれた。……ダンジョンって、こうやって壁が開いたりするのか? 謎の、不思議な道。
「この先に進めばいいってことか?」
『そうです! えっと、その先に私がいます! 少し進んでもらうことにはなってしまいますけど……』
声を発するひし形の石に導かれるまま、先に進む。
俺が壁の中に入ったと同時に、入り口は閉じられた。……出れなくなったら最悪、無理やり魔力でこじ開けるか。あと多分、俺が中々帰ってこなかったらネノとメルが探しに来るだろうし。
先の道は階段になっていて、下がっていく。
なんだろう、ダンジョンってボスを倒していかなければ基本は下層に進めないものなはずなのに、ズルをしているようなそんな気分にさえなる。
あとこの階段、今、創られているようである。元々ない場所に階段が現れている。そうしているうちに一つの空間にでた。
そこには人が何人か入れそうなサイズの箱のようなものがある。
『その中、入ってもらえますか』
「……これ、なんだ?」
『階段より早く下に降りれるものです。そう警戒しないでください。本当に私は何もする気ないです!! 』
必死な声にそう言われてその中に入れば、そのままその箱ごと下へと勝手に下がる。
なに、これ?
おそらくダンジョンの下層にいくものだろう。
ダンジョンって本当によく分からない技術で溢れている。帰還ポイントについてもそうだけど、本当に不思議なもので溢れている。
そしてその下へと降りていく感覚は、途中で止まる。
――その箱の扉のようなものが開いて、部屋のような場所に出た。
なんだかすごく生活感のありそうな場所だ。椅子や机などの置かれた場所。そこには、一人の薄い赤色の髪の少女がいる。
「ようこそ、『勇者』の旦那さん!」
ひし形の石から聞こえてきた声が、その小さな少女の口から発せられた。