街での宿経営と、ダンジョンの話 ④
「声をかけられた、誰?」
メルの言葉に疑問を持ったのはネノも一緒だったようだ。
急に声をかけられたから一緒に行こうなどと言われても正直意味が分からない。メルは単純な性格なので、誰かに騙されて俺たちを連れて行こうとしている可能性もあるしな。
「突然聞こえてきた声! レオ様とネノ様と話したいって言ってたよ」
「なに、それ?」
「ダンジョン内をぶらぶらしていたら、突然、僕に話しかけてきたんだ。僕がレオ様とネノ様と一緒に居る事を知っていたみたいで連れてきて欲しいなって」
「声だけ聞こえたってこと?」
「そう!」
メルはネノの問いかけに元気よく答える。
俺はその言葉に何とも言えない気持ちになる。
ダンジョン内で姿が見えずに声だけが聞こえてくる。それでいて俺たちのことを知っていて、連れてきて欲しいなどと告げる。
うん、明らかに普通じゃない。
そもそも俺たちに用事があるのならば自分からやってくるべきじゃないのかとさえ思う。
「あのね、レオ様が言っていたあの不思議なひし型のものあったでしょ。あれが急に宙に浮いて、僕に話しかけてきたの。雌の声だったよ」
メルに続けて言われた言葉に俺は驚く。
黄色から灰色に変わったあの不思議な石はいまだに手元にはある。それを取り出してメルへと見せる。
「これのことか?」
「そう! でも色がついてたなぁ。この灰色のものだと声とかかけられないのかな?」
前に見かけた黄色いひし形の石に関しては、こちらに声をかけてくることはなかった。
あの段階では俺たちに声をかけてくる用事がなかったのか、それとも一つ一つの効力が違って話しかけてこれないのか。このひし形の石が本体で、これそのものが話しかけてきているわけではないと思うけれど……。
「用あるなら、そっちからくる、言ったら?」
「なんかダンジョンの外は無理みたいだって言ってたよ? ちょっと切羽詰まっていた声だったから、よっぽどレオ様とネノ様にきてほしいのかも!!」
メルはそんな風に答える。
その不思議な言葉を聞いたメル本人はそこまで疑問を持っていないようだが、ダンジョンの外に出れない不思議な声というのはなかなか疑問が残る。その話しかけてきた存在――そもそもそれが人なのか、知能のある魔物のような類なのか。
ただ俺がこの街で話を聞いた限り、そういう不思議な存在から話しかけられた例って聞いたことがないんだよな。
ずっとダンジョンと関わってきたこの街の人々には接触せずに、敢えて俺たちに接触しようとすることには何かしらの意味でもあるのだろうか。
「レオ様、ネノ様、なんで黙り込むのー?」
「メルにそうやって話しかけてきた存在が何なのかと思ってな。わざわざメルに接触して俺たちを呼び出そうとしているなんて普通じゃないだろう?」
「そう、私もレオと同じ考え。その話しかけてきたの、普通じゃない」
二人して考え込み、一旦黙ってしまっていたようだ。
それにしても本当にそれは何なのだろうか。
「んー。何者でもよくない? 僕らと敵対するなら殺しちゃえばいいしさー。でもなんか雰囲気的には僕らと敵対する気はなさそうだったけれど」
「メルの直感は信じてもいいかもな。敵対する気はないにしても、俺たちに何の話があって呼びだそうとしているんだか」
「さぁ? そこまでは僕には話してくれなかったんだよねー! 二度手間だよね」
「メルに話しても伝わらないかも、思ったのかも」
どういう話をしようとしていたか分からないけれど、まだ幼体のメルに話すではなく俺たちに聞いて欲しい話なのかもしれないとは思った。
ダンジョンの異変についてこちらで調べている最中に謎の声に接触されるなんてすごいタイミングだよな。もしかしてその声の主ってダンジョンの異変に関して何か知っていたりするかな。
不思議すぎるダンジョンの実態を知る手立てになるかもしれないとなると……、その声の主がダンジョンの外に出れないのはよく分からないが話を聞いてみるのはありかもしれない。
「ネノ、俺は一旦、話を聞きに行くのもありかなと思うけど」
「うん。私もそう思う。面白い話がきけそう」
俺の言葉にネノが頷いてくれて、二人で笑うあう。
こういう得体の知れない存在に関わることに対して、心配や不安ではなく好奇心が勝ってしまうのは俺とネノの性格が似ている部分だなと思った。
「でもまぁ、三人でダンジョンに向かうのはすぐには出来ないから……そうだな、俺だけ明日ダンジョンに言って来ようかな」
「それ、いいと思う」
「メルが潜っているみたいにお昼時を終えた後に潜ろうと思うけど、夕食時までに戻ってこれなかったら料理を作るのネノに頼んでいいか?」
「任された」
俺の言葉に胸を張って頷くネノ。いちいち、ネノは本当に可愛い。
「メルも大丈夫か? 接客一人でやることになりそうだけど」
「大丈夫! 僕もそのくらい出来るよ。それに戻ってこれなかった場合でしょ? レオ様なら夕食時までには戻ってくると思うもん」
メルもそう言って頷いてくれたので、翌日、俺は一人でダンジョンに向かうことになった。