初めての貴族のパーティー ③
その人が誰かというのは、事前に確認していたのですぐに分かった。
リュアジーンを含む複数の街を治める領主本人だろう。それにしてもにこやかに微笑んでいるけれど、視線はネノの方にしか向いていない。俺とメルのことはネノのおまけのように思っているのかもしれない。
それだけ『勇者』という肩書は、貴族たちにとっても特別なのだろう。
「ん。レオが参加したい言ったから、来ただけ。お礼要らない」
ネノは貴族相手にもいつも通りの調子である。それは『勇者』だからこそ許されていることだろう。
「それでもお礼は言わせてください。『勇者』様がパーティーに参加してくださるというだけでも、私からしてみればいい事尽くめですから。それにしても『勇者』様が結婚なされているという事実には驚きました。『勇者』様はパーティーメンバーの中からパートナーを選ぶか、全員と婚姻を結ぶかと思っておりましたので」
……そのことを良く思っていないというより、領主は単純に驚いているようだ。
それにしても全員と婚姻を結ぶって、ネノが全員と付き合うと思っていたってこと? 『勇者』だったら恋人関係になる相手が複数人いても特に問題はないかもしれないが俺には想像もできないことである。そもそも一人の大切な人が居ればそれでよくないか?
「なんで? 私、『勇者』なる前からレオの奥さん。旦那さんいるのに他の男見る、そんな節操なし違う」
ネノは少し不機嫌そうな顔をしてそう答える。
本人たちが納得しあっていてそういう多対一の関係の夫婦がいても問題ないかもしれないが、それをネノがする意味もないだろう。
「一途なのはとても素晴らしい方だと思います。『勇者』の旦那様は本当に運が良かったのですな。『勇者』様と幼なじみで、婚姻関係を結ぶことが出来るなんて」
まるでそれは俺がたまたまネノと幼なじみだったからこそ、ネノと結婚出来たとでもいう言い方である。
確かに俺がネノと同じ村で生まれ育ったことは運が良かったことだと思うけれど、その物言いに驚く。なんというか丁寧な口調のまま言葉で攻撃をしているというか……貴族って大変そうだなとそんな感想を持つ。
テディとかは王族だけど分かりやすくて、こういう部分は全く見せなかった。でもそれはテディが珍しいのだと思う。おそらくこういう上級階級の人たちはこもっと感情を隠して仮面を被ってやり取りをしたりとか、本心を隠したりとかするんじゃないかなと思う。
「幼なじみだったから、違う。私、レオだから、結婚。他の人だったら、結婚しないよ?」
「そうですか」
そう言いながら領主は俺の方をようやく見る。観察するようにまじまじと見られる。
「『勇者』の旦那様、君は噂では《時空魔法》を使いこなすそうだね。良かったら見せてくれないかい?」
笑っているけれど、目は笑っていない。
俺のことを試したいのかもしれない。ネノの夫として相応しいかどうかを勝手に判断しようとする人は少なからずいるから。
それにしてもネノが望んで俺と結婚している状況だから、周りがどうのこうのいう必要は全くないんだけどな。仮に相応しくないと思ったらどうする気なのだろうか?
こういう時あれかな、男女逆だったらまだよくある話になるのか?
英雄と呼ばれるような存在が、平民の少女を見初める話とかは聞いたことあるしな。そういうのも現実で起こったら色々と大変だろうけれど。
「別に構いませんが、流石に室内だと攻撃系の魔法を取り出すとかはできませんが」
「……魔法を取り出す?」
「はい。《時空魔法》で魔法はしまってあるので、いつでも取り出しは出来ます」
俺がそう口にしたら警戒したような目で見られる。まぁ、それも当然だよな。そういう魔法を幾らでも放すことが出来る状況だから。
「それは素晴らしいことだ。もしかして《アイテムボックス》も作れるのか?」
「作れますね」
「私が『勇者』として旅する時、使ってたの、レオ作の《アイテムボックス》」
俺は色んなものを持ち運んだりとか、《アイテムボックス》の魔法具を作ったりなども得意である。ネノが『勇者』として旅をしている時に使っていたのも俺が作ったものだ。
「それは素晴らしい! ぜひ、私にも作ってくれないか」
「作るのは構いませんけど、きちんと料金はいただきます。あと《時空魔法》を見せて欲しいといってましたけど、何か食べ物を取り出すとかでいいですか?」
「もちろんだとも」
そう言って頷かれたので、早速取り出してみることにする。
……わざわざ領主が「これから『勇者』の旦那様が《時空魔法》を披露してくださる」などと声をあげたので注目を浴びている。
突っ込んでいる食材とかでいいか。
机の上をものをどけてもらえたので、その上に食材を取り出していく。
このあたりでは摂れないものとかも中にはある。取り出しやすいものから少し取り出しただけだからなぁ。とはいえ、流石にこの場で取り出したら面倒そうな珍しいものは取り出さないけれど。