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街で宿の開店と噂話と ③

「あれが『勇者』様の旦那?」

「……普通の男に見えるが。噂では『勇者』様は何か目的のためにあの男と結婚しているのだろう?」

「でも私は『勇者』様が望んで結婚したと聞いたわよ?」

「『魔王』を倒した『勇者』様が平民に好んで嫁ぐなんてありえないだろう。王子殿下たちとも恋仲だと噂になっていたのに」

 俺が買い出しのために街を歩いていると、噂話が耳に入ってくる。

 ネノは自分の口で俺と望んで結婚していると周りに言っている。とはいえ、やっぱり『勇者』であるネノが平民と結婚しているのは周りからしてみれば信じられないものなのだろう。

 村を出て以来、行く先行く先で驚かれるのはそれだけネノが人々にとって特別な存在だからにほかならないだろう。

 こういう風にネノが俺に嫁ぐのはあり得ないと思っている人たちは、俺が活躍でもすれば満足なのだろうか。

 どちらにしても誰と結婚しようが本人の自由だと思うのだが。

 歴代の『勇者』たちも恋愛関係で色々と苦労したのではないだろうかと思った。例えば故郷に恋人がいるという状況でも権力に抗えなかったなんて場合もあったかもしれない。というかあれだな、『勇者』だけじゃなくて特別な肩書を持っている人に関しては恋愛するにもきっと大変だ。

 『勇者』であるネノが何かしらの崇高な目的のためにダンジョンで宿をしているという噂はダミニッテさんの言う通り、根強く街に広まっているようだ。冒険者たちにとっては特に特別な『勇者』が平民と結婚していることは認められないという感情なのかもしれない。

「こちらを売ってもらえるか?」

 市場を見て回っている間も、視線が凄まじいものだった。

 腫物を扱うかのようなそんな対応をしている。

 果物類でも買おうかと思い至って購入することを申し出れば、驚いたことにそのお店には断られた。

「『勇者』様と無理やり結婚している男になんぞ、売らない!」

 俺が知らないような噂も色々出回っているらしい。それだけ『勇者』を特別視しているのなら、『勇者』を無理やり平民が娶るなんて出来ないと分かっているだろうに。

「ネノと俺は幼なじみで恋愛結婚なので、そういうのはないです」

 否定だけしておく。

 その店主は全く納得しなかったので放置。どちらにしてももう二度とそのお店を俺は利用することはないだろう。

 ツアー客たちの選別の時のこととか、ダンジョン内での宿の様子など色々噂になっているはず。それにも関わらずこれだけ噂を信じている人がいるのは、それだけ人口が多い街だからだろう。

 宿に食事をしに来て実際の俺とネノがどういう関係かを理解する人もいれば、こうやって勝手に決めつけて色々言ってくる人もいる。

 他のお店に関しては、俺のことを世間知らずでネノの腰ぎんちゃくかなんかと思っているお店もあれば、真っ当に売ってくれるお店もあり様々だ。逆に俺たちと良い関係を築きたいらしいお店は特別価格を提示してきたりもしていた。定価で買ったけど。

 購入したものを《時空魔法》を使って収納していたら、凄い目で見られた。

 俺がどういう魔法を使えるかなど、それなりに噂が広まっているのにな。俺が《時空魔法》を使いこなすことは、誇張されたものとでも思われていたのかもしれない。

 買い出しを済ませた後は、この街に辿り着いた時に泊まった宿によった。

「こんにちは」

「おや、どうしたんだい?」

 俺がその宿へと入ると、おばあさんは不思議そうな顔をした。

「近くに寄ったから、挨拶しに来たんです。お世話になったので」

 このおばあさんは俺たちが『勇者』夫妻だと知った上で、それを広めたりはしなかった。それは俺達にとって助かったことだったから。

「特に世話はしてないがね。……馬鹿げた噂が色々と流れているようだが」

「おばあさんも聞いたんですか? ネノが何か使命のために俺と結婚しているとか、俺がネノと無理やり結婚したとか、そういうの」

「そうさ。聞いたけれど、なんて馬鹿な噂かと思ったよ。あんたたちはとても驚くほどに仲睦まじいからね。あの『勇者』のお嬢ちゃんは自分の意思に反して誰かに嫁ぐなんてことは絶対にしないだろう」

 おばあさんの言葉に楽しい気持ちになる。

 この宿の店主のおばあさんは、少し泊っただけなのにすっかりネノがどういう性格か把握している。街の住民たちもこのくらい察しがよければいいのに。

「ネノは自分のやりたくないことはしないですからね。それは俺もですけど」

「あんたたちを怒らせたら大変なことになるだろうに、それを理解しないものが多いようだね」

「そうですね。ネノは温厚な性格ですけど、本当に許せない相手には容赦ないですから。ある程度は俺とネノの普段の様子見たら分かると思うんですけど、それでも理解しない人は少しはいそうです」

 ネノはよっぽどのことをしない限り本気で怒ったりはしないけれど、その線引きを超えれば容赦ないだろう。

 しばらく俺はおあばさんとネノの話をした。

 その後、

「おばあさん、良かったら今度宿に食事を摂りにきてください」

 俺がそう言って笑えば、おばあさんも頷いてくれた。



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