王女殿下はかく思う。
「『勇者』夫妻が冒険者の街に滞在しているのですね」
「はい。ネノフィラー様はしばらくその街に滞在する予定とのこと。会いにはいかれますか?」
アリデンベリ王国の王城の一室。
私、セゴレーヌ・アリデンベリは『勇者』であるネノフィラーの話を聞いていた。
『勇者』ネノフィラーはわずか半年で『魔王』を倒した特別な少女である。『勇者』という立場であるならば、王家が囲い込むことも多い。しかし彼女に自由を与えることをお父様が選んだのは――、他でもない彼女を囲い込むことは出来ないとそう判断したからだ。
ネノフィラーは芯が通っており、大切にしているものが全く揺るがない。
『勇者』という特別な存在になったのにも関わらず、ただの村人である夫の元へ帰るのだと断言していた。お父様は旅をしている間にその気持ちが揺らぐことを最初は期待していたようだった。だからこそ、敢えて見目のいい男性ばかりを『勇者』パーティーのメンバーにしていた。
……テディはそこまで深く物事を考えないタイプなので、そんなことは全く考えてなさそうだったけれど。あの子の場合はネノフィラーが夫がいると言っても信じてなかったものね。
お父様はネノフィラーといくつか約束をしていたが、それでも『勇者』を国に留めることを諦めきれなかったからこそそういうパーティー編成になっていた。最もネノフィラーはそういう思惑を分かった上で、全く相手にしていなかったけれど。
私は早急にそう判断して、ネノフィラーのことを理解した上で話しかけたので少しは心を許してもらえたはず……とは思っている。だってネノフィラーは私のことを名前で呼んでくれるようになったから。興味のない相手のことは名前さえ呼ばないもの。
「いいえ。流石に王女である私が向かえば騒ぎになるもの」
「……テディ殿下は向かっていると聞きますが」
「テディは今までも散々、そうやって外を歩き回っているでしょう。だから少しぐらいネノフィラーたちの元へ行っても問題ないわ。でも私はそうではないもの」
ネノフィラーの夫と言う存在が、どういう人間なのか会ってみたいという興味はある。
ただおそらく私がそういう理由で会いに行ったら、ネノフィラーは嫌がるだろう。だってネノフィラーは、その夫のこととなると普段と様子ががらりと変わっていたから。
『勇者』として『魔王』討伐に向かう際も、『魔王』への恐怖心などはなく夫に会えないことを不満そうにしていた。ネノフィラーと話していて、「とても素敵な男性なのね」と言っただけで不満そうな顔をしていた。
あれだけ強くて、見目がよく、特別な存在。この世界で唯一の『勇者』にして、『魔王』を倒した英雄。
「ふふっ」
思わず、その時のネノフィラーのことを思い出して王家の諜報員の一人と話している最中だというのに笑ってしまった。
「どうなさいましたか?」
「いえ、ちょっとネノフィラーのことを思い起こしていただけよ。実際に私は彼女が夫といる姿は見たことはないけれど、あなたの目から見ても大変仲睦まじい様子を見せているのでしょう?」
「はい。あの『勇者』様があのような姿を見せるとは思ってもおりませんでした。それに『勇者』の夫様も、凄まじい方です。テディ殿下が手も足も出ないようですから」
「本当に彼女たちを敵に回さない方がいいですね」
ネノフィラーは夫のことを話す時、普通の少女に見えた。それでいて私が少し興味を持つと、「駄目」なんて言っていた。あれだけ特別な存在なのに、当たり前の年頃の少女のように一人の少年に恋をしている。それにネノフィラーの夫に関しても、そんな『勇者』と恋人なのに平然としているらしい。
……そのネノフィラーの夫もきっと、それだけ変わった存在なのだろうなというのがよく分かる。
敵に回すよりも、味方にした方がずっといい。それが我が国の判断なので、これからもこちら側がネノフィラーたちの逆鱗に触れるようなことがなければ問題なく交友を続けていくことは出来るだろう。
私は王女として、お父様の決めた相手と結婚する予定だ。だけれども、そういう仲が良い夫婦というのに憧れないわけではない。少なくとも良い関係は築いておきたいとそう思ってはいる。
そういえば、『勇者』パーティーの他の二人はまだネノフィラーが夫と仲睦まじくしているのを信じられないらしい。彼らはきちんとその目で見ないと信じられないようなのだ。……テディとドゥラに関してはネノフィラーたちの機嫌を損ねることはなかったが、他の二人がネノフィラーたちに嫌われるような真似をしなければいいなとは思っている。
……二人にもきちんと、くれぐれもネノフィラーたちの逆鱗に触れることはないようにと告げられているはずだ。それに頭が働かないわけではないので、彼らはそういう道を選ばないだろうとは思う。最も、ネノフィラーを慕う心が暴走すれば別かもしれないのでそのあたりだけは心配しているけれど……。
「それにしてもネノフィラーたちの報告は、聞くだけでも楽しいわ」
その『勇者』夫妻の日常は驚くようなものばかりだ。その日常を聞くだけでも、私は楽しいとそう思っているのだ。
――王都に彼らがやってきた時、会えたらいいなと私はその時を楽しみにしている。