ツアーの開催とパーティーの準備 ⑭
「メルセディス様はなんて素早いんだ!」
「これだけ俊敏な動きを出来るとは……」
後から追いついてきた冒険者たちは、メルのことを驚愕した目で見ていた。この冒険者たちはメルのことをある程度知っているが、それでも驚いたらしい。
子供を背負ったまま魔物を倒して駆け抜けるというのは、中々普通の冒険者でもしないだろうしな。
冒険者たちにもおやつを振る舞うと美味しいと言ってくれたので嬉しかった。
さて、あとはその日の日程は自由時間である。
自由時間に入る前に先に明日、それぞれのツアー参加者たちがどのツアーに参加するかを選んでもらった。……メルの所には相変わらず男の子一人である。今日のメルとの魔物を近くで見れるツアーで、恐怖心などは全く感じなかったらしい。なんていうか、凄く肝が据わっているんだなと思った。
あとはネノの方には俺の食事作り体験に参加していた面々が、逆に俺の方にネノのダンジョン巡りに参加していた面々が来ていた。他のツアーにも参加したかったのだろう。メルは自分のツアーが参加者が居ないことに不満そうにしていた。でも「メル君、僕がいるよ!」と言われて気分を良くしていた。
自由時間の間に少し気が抜けていたのか、宿の外を見て回ろうとする人が居たので慌てて追いかけた。ダンジョン内は危険なのは当然のことなのだけど、少し安全に過ごせているとどうしてもそういう風に油断してしまうようだ。そういう人にはちゃんと改めてダンジョン内の危険性を言っておいた。あまりにも何度も同じことをするようなら、そういう相手は宿の客として出禁にする可能性も話しておく。
翌日の対応も特に変わらなかった。
ネノのダンジョン巡りツアーがどれだけ楽しかったかを皆、語っていた。ただ怖い経験も当然あったらしく、こうしてゆっくり食事作りが出来ることにほっとしている様子だった。
魔物と遭遇したり、危険なダンジョンの中を歩いたり――という危険な状況は、彼らにとっては非日常だ。
たまになら問題はないが、連日ダンジョン内を歩き回ることは遠慮したいところなのだろう。
……そうなると明日には、ネノとメルの方のツアーを希望する人は少ないかもしれない。よっぽどダンジョン内を全部見て回りたいという人以外はそうなるだろうな。街で普通に暮らしている人にとってはダンジョン内は珍しいものではあるけれど、もう少し色々ツアーの内容考えた方がいいかもしれない。
それで想像通りにその翌日はダンジョン内を見て回るツアーへの希望者はあまりいなかった。その次の日になるとまたダンジョンツアーに行く客たちも多かったけれど!
そうやって俺たちの主催した初めてのツアーは過ぎていく。特にこれといって何か大きな問題が起こることはなかった。
一度だけ宿の周りに魔物が大量出現して、それに対して対応が求められたけれどそれぐらいだ。
「……これだけの魔物を一瞬にして対応してしまうなんてっ」
「こんな魔物が街を襲ったらひとたまりもないのに……」
ツアーに参加していた面々はそんな風に顔を青ざめさせていたが、俺たちにとってはそこまで脅威な魔物ではなかった。
ただ街にその魔物が向かったら大変だろうとは皆が口にしていた。
ダンジョンから魔物があふれ出ることはめったにないこととはいえ、事例がないわけではない。もしそういうことが起きれば地獄絵図のようになるだろう。
ダンジョンの周りに住んでいる人たちに関してはそういう危険な状態がいつ起こるか分からないというリスクを背負った上で住んでいるのだ。最もそういうことはめったに起こらないからこそ安心して暮らしているのだろうけど。そもそももしかしたら危険が起こるかもしれないからこんな場所には住むことは出来ないなんて口にしていたらきりがない。世の中、どこでもそういう危険はあるしなぁ。ダンジョンから魔物が出てこないにしても、普通に魔物が街を襲うということもあるし。
「急に来たけど、何かきっかけあったのかな」
「さぁ?」
その宿に向かってきた魔物たちに関しては、俺が知る限りは予兆がなかった。もしかしたら何かしらのきっかけはあったのかもしれないが、現状は分からない。
ダンジョンの中というのは本当にまだまだ分からないことばかりである。
それ以外に関してはツアーは滞りなく進んだ。ツアー客たちが帰る日が来て、彼らはネノの作ったお土産を持ち帰っていった。帰りもメルが冒険者たちと一緒に街まで彼らを送り届ける。男の子は「メル君ともっと遊びたいっ」と嘆いていた。
「街に行った時、暇なら遊んであげてもいいよ!」
そんな風にメルが答えると嬉しそうに笑っていた。なんだかんだずっと「メル君、メル君」と声をかけられていたのでメルも気分よくなっていたのかもしれない。
初めてのツアーが終わった後、俺たちの元へに今度参加する予定のパーティーの準備を進めることにした。