『勇者』だと知られてからのこと ⑫
ネノは基本的に大切にしているもの以外は、関心が少ない。自分が手出しをされなければある程度のことは放っておくタイプである。興味がない相手とは喋らず、淡々としているように見えるだろう。
だからこそ、そういうネノを勘違いする者というのはそれなりにいる。
大人しいだとか、何をされても怒りはしないだとか……そんなことはないのに。
今、目の前で大騒ぎをしている連中もそういう輩なのだろうと思う。
宿から完全に締め出されており、ネノから追い出されたのならばさっさとこの場から去ればいいのにとしか思えない。
少し時間を置いてから謝るならば、まだネノが許す可能性はある。機嫌がいい時とかに謝るとか。
今、こうやって外で情けないほどに騒いでいるのはもうネノの許容範囲は超えたことを起こしてそうだ。
「『勇者』様!! あ、『勇者』様の旦那様! 助けてください!」
気づかれなければ楽だなと思っていたが、その騒いでいる連中は俺とメルに気づいた。
「……一応、理由を聞いてやるけれどネノに何したの?」
このまま無視しても良かったが、一応聞いてみる。
「何をしたって……雇ってくださいと言っただけです。『勇者』様がお一人で宿の切り盛りをしているのを見て、人手が足りないだろうと提案したんですよ!」
「ネノは断ったんだろう? なら、それで話は終わり」
「私たちを雇えばメリットが沢山あるんですよ! あなたもそれなりに戦えるとは聞いていますが、あくまでそれなりにですよね? ダンジョンの中で宿を経営するなんていう偉業を『勇者』様が成し遂げるためにも私たちを雇うべきです!」
なんだかこう、自分に酔っている感が半端ない。
見た限り装備もそれなりに良いものだ。多分、この目の前にいる男は冒険者として成功はしているのだろう。あと一人しかいないのに私たちと称しているのはパーティーメンバーも含めて雇ってもらおうとしたのだろうか?
ネノに一人で宿を任せていたらこういう面倒なのが湧いているとは、ちょっと予想外だった。
やっぱり冒険者の街だからこそだろうか。自分の力に自信があり、自分が行っていることが正しいと思っている。本人に自覚があるか分からないが、俺たちだけでは宿でのダンジョン経営を上手くいかないと言っているように聞こえる。
それに俺たちは此処で宿を経営することを偉業だなんて全く考えていない。ただ面白そうだからとこの場に宿を構えているだけで、失敗したところでそれはそれである。もちろん、宿で誰かが亡くなるといったそういう形での失敗は起こしたくないからその辺は注意を払っているけれど。
こういう連中は本当にネノのことを分かっていないのだ。
ネノはそもそもダンジョンでの宿の経営が難しいと判断したらそれを口にする。自分の力を驕っているわけではなく、ネノは自分の力を客観的に見ている。そういう冷静さがネノの強みだと思う。
「必要であれば誰かを雇うことはあるかもしれないが、少なくともお前のことは雇わない」
「なんでですか!!」
「俺たちと合わないから」
少し話しているだけでも俺たちと合わないというのはよく分かる。
こういうダンジョンでの宿の経営を偉業だとか考えている連中を雇えば、俺たちの望んでいない宿の形が出来上がるだろう。
そもそも戦いに関してしか言っていないけれど、宿の仕事って掃除や接客など様々だ。全くそのあたりのことを話していないあたり、用心棒として雇われるつもりだったのだろうか。より一層、そういう人物は不要である。
「合わないってなんですか! 他の者より、私たちの方が役に立ちます」
「それを判断するのは俺とネノだ。今、話した段階で、不必要だということは分かった」
これ以上話す必要もないだろうと、近づいてくるその男を魔法ではじいてメルと一緒に宿の中へと入った。まだぎゃーぎゃー騒いでいるが放置することにする。
「ネノ、ただいま」
外の男が不快なのか少し不機嫌そうなネノにそう声をかければ、ネノがこちらを向く。
「レオ、メル、おかえり」
「外のあれ、不愉快だな」
「うん。邪魔。次に地上行くとき、冒険者ギルドに苦情言う」
ネノの言葉に俺は頷く。
あまりにも酷いようなら、冒険者ギルドに話を通してから強硬策に出てもいいかもしれない。ああいう面倒なのが出てこないようにしておきたいし。
ダンジョンでの宿をしばらくやった後、街の方でも宿をやる予定だからそれまでに騒ぎを起こす連中を減らすようにしておかないと。
「レオ、ツアーの客、厳選出来た?」
「ああ。変なのは省いたつもりだ」
「なら、良かった。ツアー楽しみ。沢山準備する」
ツアーが楽しみなのか笑っているネノが可愛くて、俺も笑った。
――それからしばらくしてそろそろいなくなったかと外を見れば、ようやくあの騒いでいた男はいなくなっていた。ただし、冒険者間で噂を流しているらしいと他の冒険者から聞いた。