『勇者』だと知られてからのこと ⑧
「『勇者』様! ぜひ、俺と戦ってください」
「嫌」
冒険者の客が増えてきている。
客室がすっかり埋まっているので、食事だけの客も多い。
……それにしてもダンジョンの中でこれだけ客が来るのは嬉しい誤算だ。やっぱりネノが『勇者』だからこそ、ネームバリューがあるんだなと実感する。
ネノと戦いたがる冒険者は本当に多い。
大抵がネノに対して憧れを抱いている者がばかりだ。だけど、中には愛らしい見た目をしているからか侮っている者もいた。見た目だけではネノの実力を測ることなんて出来ないのに、なんとも短慮的というか。
そもそも見た目がそこまで強く見えなかったとしても、偉そうな態度をしたりするのはどうかと思う。誰にでもそういう態度をするのならば、まぁ、そういう性格なのかなと思うだけだ。でも人によってそういう態度をとるのは情けないと思った。
というか、ネノが相手にしなかったら「実は『勇者』としての力などないのではないか」などと言っていた。ネノは基本的に周りからの評価など気にせず、自由な性格だ。だからこそそういう風に言われても相手にする方が面倒だと言う結論に至ったらしい。ちなみにそういうことを言った冒険者はメルにぶちのめされていた。メルの方が「ネノ様にそんなこと言うなんて!!」と怒っていたのだ。
「レオニードさんは『勇者』様と幼なじみなんですよね? 幼なじみでご結婚されているなんて素敵!!」
「『勇者』なんて地位だと王族との結婚も出来ただろうに……そういう選択をしないなんて……」
あとなんか、女性の冒険者たちに関しては俺とネノが幼なじみで結婚して、ネノが『勇者』としての役目を終えた後に俺の元へ帰ってきたことに目を輝かせていた。
――帰ってきたら結婚しよう。
そんな言葉を言って飛び出していき、その後相手が帰ってこないなんて話は結構それなりにある。
元々暮らしていた場所が田舎であればあるほど、都会に行って新たな世界を知ったらそのまま帰ってこないなんてたまに聞く話だ。もっと良い相手に出会えたとか、そういう理由があれば乗り換えるのもまぁ、普通のことだ。
俺はネノが俺の元へ帰ってくると確信していたけれど――もしネノに捨てられたりしたら本当に落ち込んでいたことだろう。
多分何らかの理由があってネノが村に帰ってこれないとかになっていたら、俺はネノを取り戻すために全力を尽くしたと思う。それだけネノは俺にとって特別で仕方がない存在だから。
「レオ、女性客と盛り上がりすぎ」
女性の冒険者たちにネノとの話をせがまれて話していたら、いつの間にかネノが近くにきていた。俺にひっついたネノは少しだけ不機嫌そうな顔をして、冒険者たちを睨むように見る。
「きゃー、『勇者』様は本当にレオニード様を思っているんですね! 素敵です!」
「大丈夫ですよ。私たちはレオニード様を取ろうなんて思ってません!!」
「当然、レオに手を出す人、私許さない」
ネノがそんなことを言うから、本当に可愛いなと思った。
というかネノも俺が例えばネノの傍に居られない事態になったら、俺のことを全力で取り戻そうとしてくれるんだろうなと思う。うん、絶対そうだ。
「俺はネノ以外に興味ないよ。ネノだけが好きなんだから」
「ん」
ネノが俺の言葉を聞いて頬を緩めた。
俺のネノは今日も可愛い。
「レオ様、ネノ様ー!!」
その時、メルの元気な声が聞こえてきた。
俺たちを呼ぶ声にそちらを見れば、なんだか山もりのキノコを持ってきているメルが居た。
……ダンジョン内を探索していたのだろうけれど、なんでそれを大量に持ってきているのかよく分からない。気に入ったんだろうか?
「メル、なんでキノコ大量?」
「これね、凄く美味しかった!! 食べたら凄くふわふわするっていうか、内側からもわーってするの!」
……それ、危ないものじゃないか?
メルは何処かいつもより興奮している様子だ。何か前にお酒飲んではしゃいでいた時の様子に似ている。
可愛い見た目の少年であるメルが笑顔なのを見て客たちは喜んでいたが、そのキノコを見て声をあげる者もいた。
「あ、あれは!! すぐに処分した方がいいです!!」
そんなことを言うので、そのキノコについて聞いてみたら結構物騒なものだった。
一口食べたら魔力に影響するものらしい。メルはドラゴンだからいくつか食べても大丈夫だったみたいだけど、普通の人だったら食べたら最悪死亡してしまうものらしいのだ。ちゃんと処置をすればまだ食べれないこともないらしいけれど、生で食べるのは本当に危険らしい。
……なんてものを持ち込んでいるんだ?
ひとまずそのキノコの影響でふわふわしているメルのことは気絶させて、そのキノコに関しては専門の業者に買い取ってもらうことにした。このキノコ、使い勝手はそれなりにあるらしいのだ。
しばらくして目をさましたメルは「あのキノコは!?」と言っていたけれど、食べることを禁止にしておいた。