『勇者』だと知られてからのこと ⑤
ダンジョンの中というのは、外とは勝手がそれなりに違う。
一番は魔物が大量に潜んでいることだろうか。色々と環境が違うダンジョンの中に長期間居れば、面白い発見でも見つかるかもしれない。
「レオ、ダンジョンいる間に少し増室する? お客さん少ないし、やりやすそう」
「そうだなぁ。増やしてもいいよな」
ダンジョンの中にやってくる宿泊客は冒険者ぐらいだろう。基本的にダンジョンの中に冒険者以外の者が足を踏み入れることはあまりない。
冒険者という職業以外でダンジョンになんか入るのは、よっぽどの変わり者ぐらいだ。
そのダンジョンで宿をやるので、今ある客室全てが埋まることはないだろう。ただ街でも宿はやるので、増室しておく分には良いと思う。
というわけで開店の準備を進めると同時に、増室の作業も進めることにした。
「僕、何すればいい?」
「周辺の探索してきて。あたりの掃除」
「魔物倒したりしてくればいいってこと?」
「ん。周辺、綺麗にしてくるのは良いこと」
メルはネノから周辺の探索と掃除を頼まれているようである。ネノのその頼み事はメルにとっては遊びのようなものだ。目を輝かせて、「行ってくる」と出かけて行った。
「レオ、私、宿内の掃除とかする。お客さん迎え入れられるように準備大事」
「うん。ありがとう、ネノ」
「どんなお客さん来るか、ちょっと楽しみ」
ネノは宿泊客を迎え入れられるように準備を進めてくれるらしい。ネノとメルも開店の準備を進めてくれているので、俺も頑張らないとと思い、増室作業をせっせと進めた。
折角なのでダンジョン内で伐採した木材などもふんだんに使う。
そうやって取り組んでいればすぐに時間は過ぎていく。
「レオ、休憩する」
「そうだな。そろそろご飯の時間だしな。……メルは?」
「まだ、帰ってきてない。遊ぶの楽しいみたい」
結構な時間が経っているのだが、よっぽどメルはダンジョン内の探索と掃除が楽しいのか帰ってきていないようだ。
お腹がすいてきたら帰ってくるかな……と思ったけれど、そのままダンジョンの魔物にかぶりついて空腹を満たしている可能性はある。
いつまでに帰ってくるようにというのを言っていなかったので、もしかしたらすぐには戻ってこないかもしれない。
ダンジョンは摩訶不思議な空間で、階層によっては昼夜の感覚が分からない場所も多々ある。俺たちが今いる階層もそうである。
そういう時間感覚が狂う場所にいると体調を崩したりするような人も多いらしい。ただ俺とネノは特にそのあたりは気にならない。そういう環境の変化とかに弱い人だと、こういうダンジョンに潜るのは向かないのだろうなと思う。
「二人で先に食べるか」
「ん。二人っきり」
ネノはそう言いながら嬉しそうだ。
二人で食事が嬉しいと笑うネノは可愛い。
ネノと一緒に食事を作って、二人で食事を摂る。
「開店したらお客さん呼ぶためにメルにチラシ配ってもらうか」
「ん。どの階層にあるか、ちゃんと書いたものにする」
「そうだな。そのあたりは書いておかないと、此処までまずたどり着けなさそうだよなぁ」
ダンジョンの中で宿を営むことに関しては街でも噂にはなっているかもしれない。とはいえ、どの階層で、どの場所で宿をやっているかの情報はまだ出していないので、そのあたりはきちんと周知しておいた方がいいだろう。
「ツアーとかするのもいいかも」
「ツアー? どんなのだ?」
食事をしながらネノが呟いた言葉に、興味を持って問いかける。何か面白いことをネノは思いついたのかもしれない。
「この宿にきたい人、メルに送迎させるツアー。その分、別途料金ももらう」
「それいいかもな。この宿に宿泊したいって人がいるなら、幾らでもお金出しそうだし」
「ん。街でも宿やる。でもダンジョン内の宿、多分レア。きたい人いそう」
街でもダンジョンでも宿はやる予定だ。でもダンジョンでやっている宿だからこそ特別感があって、わざわざお金を出してでも来ようとする人はネノが言うように結構いるものなのかもしれない。
「あれだな、希望者が多いならメル以外にも冒険者に依頼をして送迎頼むのもいいかもな。そうすれば送迎してきた冒険者も、送迎された人も泊ることになるだろうからお客さん増えそうだし」
「ん。それもよし。でも危機管理はちゃんとしてもらった方がいい。そのツアーで誰かが亡くなると問題」
「それはそうだな。まぁ、先に危険を伴う可能性があることは了承してもらった上で来てもらう形になるかな。あと冒険者に依頼するならその冒険者の実力に関してはちゃんとこちらで確認した上でか」
「うん。それがいい。ここまで連れてこられるほどの実力じゃなかったりすると困る」
そういう風にこれからのことをネノと話していると、ようやくメルが帰ってきた。
「ただいまー!! って、レオ様とネノ様、何食べているの? 僕も食べたい!!」
元気よく帰宅したメルがそんなことを言うので、メルにもご飯を作って振る舞った。