『勇者』だと知られてからのこと ①
ネノが『勇者』だということは、その貴族の男性がネノの顔を知っていたから広まっているようだ。
騒ぎになって面倒で、適当に流してからそのままその場を後にして、俺とネノとメルはしばらく宿に引きこもっている。
ダンジョンで入手したものの整理とか、色々やることはあるので特に退屈はしていない。
それにしても俺たちが泊っている宿までは、周りに知られていないみたいだ。知られていれば宿にまで押しかけられることもあっただろうけれど、これだけ広まっていないのはこの宿に何かあるのかもしれない。
「ネノ、『勇者』だって露見したし、宿開くか?」
「うん。ちょっとゆっくりしてから」
ベッドで寝転がっているネノに声をかけると、そう言われる。
ごろごろしながらこちらを見るネノは可愛い。こういう無防備な姿を俺にだけネノは見せてくれていると思うと、俺はそれが嬉しい。
まぁ、ネノの場合はどれだけ無防備に見えたとしても気は抜いていないけれど。
「『勇者』として見過ごせないなんて言っていた自称『勇者』たちは、ネノが『勇者』だって知って大騒ぎしてそうだよな」
「どうでもいい」
ネノは心の底からどうでもよさそうにそう言って、相変わらず寝転がったままだ。
ネノは自称『勇者』たちにとっては理想の、想像通りの『勇者』では決してないだろう。『勇者』という肩書はそれだけ理想を押し付けられるものだとネノを見ていると思う。勝手に期待して、勝手に理想を押し付けて、そして理想と違えば落胆する。人なんて勝手なものだ。
俺のネノはそういう『勇者』としての肩書について全く気にしていない。『勇者』であった事はネノにとって、必要だと言われたから行ったことでしかない。歴代の『勇者』たちはどうだったんだろう? もしその『勇者』という肩書を重く見ていたのならば、きっと色々大変だったんじゃないかとそんなことを思った。
「レオ、宿には自称『勇者』たちは入れない」
「うん。俺もその方がいいと思う。あとあの令嬢も」
「うん。それでいい」
「この街の連中、調子が良いから手のひらころころ返してきそうだよな」
「うん」
「文句を言ってきた自称『勇者』たちもすり寄ってくるかもな」
「それはそう。もしかしたら『勇者』らしくないとか、煩いかも」
ネノが本物の『勇者』だと知った上で、ネノに対して『勇者』らしくないとか言ってくるならそれはそれである意味大物に見える。でも下手にネノが『勇者』だったからとすぐに手のひらを返してくる連中よりは、そのまま理想を押し付けてくる方がまだマシだろうか。
どちらにしても面倒なことには変わりがないけれど。
「『勇者』らしくないとかいっても、ネノが『勇者』なのは紛れもない事実なんだからそういうの言ってくるのは意味が分からないよな」
「うん。選ばれただけ。それでもう役目を終えた」
ネノは『魔王』を倒した。それでもう『勇者』としての役目は終えている。でもその『勇者』という肩書はそれだけこの世界で特別で、ネノに付きまとう称号でもある。
――歴代最速で、『魔王』を倒した『勇者』のことは皆が知っているから。
「私はただの、ネノフィラー。レオの奥さん。その肩書だけでいい」
「ネノは可愛いなぁ」
なんだかネノが可愛いことを言っているので、近づいてキスを落とした。
「宿、何処に建てるか決めてる?」
「見た感じあんまり空き地でよさげな場所なさそうなんだよな。どっか使っていない建物を壊していいなら、壊してそこに宿を出すのが楽かなとは思うけど」
ネノに問いかけられた言葉にそう答える。
今、俺たちがいる冒険者の街はあんまり空き地がない。冒険者を目指す者たちが集まるこの街は、人が沢山いる。建物も沢山並んでいて、あまり空いた土地もなさそうなのだ。
俺の《時空魔法》で宿ごと持ってきているので、空き地に出来れば建てたいのだけど……。
いっそのこと街中よりもちょっと離れた場所とかダンジョンの中に宿を建てるのもありか? なんてちょっと思いついた。
「なぁ、ネノ。許可が出るかは分からないけどダンジョンの中に宿を建てるのもありじゃないか?」
「それ、面白そう」
「しばらくは周りが落ち着くまではダンジョンの中で宿をやって、それで落ち着いたら街とダンジョンで半々ぐらいで宿をやるとか。そうしたらレア感が出て一般の客もやってくるようになりそうだろ」
「うん。お客さんは沢山来た方がいい。ダンジョンの中に建てれば戦える人しか来ないからよさそう」
「それに自称『勇者』たちは戦える実力がないやつらばかりだから、奥の方に建てたら来ないだろうしな」
「うん」
「ダンジョンの中に宿を建てるのだと、何処に許可もらった方がいいかな?」
「一旦、ダンジョンの入り口の人たちに聞くでいい気がする」
「じゃあそうするか」
そういうわけで俺たちはダンジョンの中に宿を建てるために話をつけることにした。




