第二話 私は腐女子。(迫真)
水面に映る美少年。
さらさらとした長い銀髪は後ろで三つ編みにして纏められている。 おそらく、解いたら腰半ばまであるのではないだろうか。ジト目がちの赤目はほんのり暗く染まっており、ぷっくりとした唇はまるでリップを塗ったかのように艶めいている。
正直に言う。
めっちゃ好み。
こんなサラツヤ銀髪、野外で押し倒してぐちゃぐちゃにして泥で汚すしかないじゃんか。ダークレッドと言って差支えのない沈んだ瞳は輪姦されて心が壊れた受けちゃんそのもので最高に愛しい。つやつやしたその唇を噛んで眉を顰められたい、と心の中のモブおじも言っている。
高鳴る胸を押さえながら水面に映る美少年に手を伸ばす。すると、彼も私に手を伸ばしてきた。
ドドドキーン。やっそんな、ダメ、私にはちんこがないから犯してあげられないのぉ…!
パシャ、と音をたてて水がしぶく。波紋が水面に拡がり、耽美な彼が歪む。だが手は確かに。確かに触れている。だって水の中の彼も私と同じ所に手を伸ばしてるもん。伸ばし、伸ばして…
「魚でもいたかい?」
「いえ…ははは…」
水面に映る彼が少し恥ずかしそうに笑う。キャッ、お茶目さん。そういう所も最高に可愛いよ。
私じゃなければな。
そう、このどちゃシコな受け顔美少年は私なのだ。何言ってんだこの腐女子。いや待てって。腐女子差別よくないぞちゃんと話を聞け。
ややや、私だってな? 初めはな? ヨッシャーちんこある!って思ったよ? 夢にまで見たちんこ。受けを喘がせる肉棒。ずっとこれを求めてたよ。そうだよ。異世界転移でようやく私に合ったモブの体が手に入ったと喜んだよ。
だが問題が浮かび上がった。日も暮れ、モルドさんが野宿にしようか、と馬車を止め、ほんの出来心から近くの川で顔を確かめたのが運の尽きだった。
この子、モブにしておくにはもったいなすぎる。
自分で言うのもなんだが、可愛いのだ。私めちゃくちゃに可愛い。何なら私だって認めたくないくらい可愛い。いっそ私が死んでもいいから私の意識をひっぺがして生きていって欲しいくらい最高に可愛いよ。毎晩シコれるくらい好みだよ、ちんこなかったけど。
でも、自分じゃ意味ないんだよなぁ、おい。私は突っ込まれたいんじゃなくて突っ込みたいんだよ。ていうか受けに自己投影する腐女子地雷だし。
水に手を突っ込みながら撃沈する私が、モルドさんにはどう写っていたのだろうか。そっと優しく毛布を羽織らせてくれたモルドさんは、とても痛ましげな顔をしていた。交通事故で両親が死んでしまった受けちゃんの叔父くらいに痛ましげな顔をしていた。
「君も、色々あったんだろう。…ほら、今火をつけるからあたりなさい」
「あ、ありがとうございます…」
ぽん、と肩を叩かれる。気を落とさないでと言わんばかりだ。
だが沈む。沈みまくるぞ。なんなんだこの仕打ち。生きたまま無限地雷地獄に入れられているんだぞ。いっそ一思いに殺せ。あわよくばいい感じの攻めが死体に恋をしろ。私は幽霊になってその様子を見守る。
妄想を巡らせながら、何の気なしにモルドさんを見る。モルドさんは馬車の中から束ねられた小枝を取り出し、それを焚き火風に置き始めた。
「──火よ」
モルドさんが呟く。するとどうしたことか、瞬く間に小枝に火が点った。脳死状態で惚けていた体がびくりと震える。
そうだ、そうだった。
ここは異世界だった。
「魔法…?」
「初級魔法しか使えないけどね」
照れくさそうに笑みを浮かべ頬を掻くモルドさん。なんだ、ラブリーですね。私、おじ受けも全然イケますよ。
ここまで考えて、私は受けちゃんになってしまった自らを呪った。