プロローグ ここはどこ、私は腐女子。
「──ふぉ?」
思わず間抜けな声を零した私は、なにがなんだかわからぬまま地面の窪みに足を取られてすっ転んだ。幸いにも転んだ先は浅い草むら。青々とした雑草が優しく体を受け止めてくれた。
──いやいや。
なんでやねん。
私はさっきまで自転車で爆走していたはずだ。本屋で好みのBL本を舐めるように探し、やっとこさ絵柄がどちゃくそに好みのめちゃシコ商業BL本を見つけた。設定は異世界モノ。性癖ですありがとう。
だが。だがしがし。
表紙と裏表紙だけではどっちが受けなのか攻めなのかわからなかった。
由々しき事態だ。
あらすじみたいなのは書いてある。裏表紙にくっきりしっかり書いてある。
だけどアランってどっちやねん。『旅をするヴァイスの前に現れたアラン。アランは大切なものを取り戻すため旅をしているらしく…』じゃねぇよ。どっちだよ。
表紙を飾る金髪と黒髪のどっちがヴァイスでどっちがアランだよ。
独断と偏見で悪いが、黒髪が受けだった場合私は首を掻っ切るぞ。
そんな思いを抱え完全に追い詰められていた私。BLコーナーで悶々と考え込んでいたが、ふとスマホで調べればいいじゃんか、と閃いた。天才。愛してる私。
さっとホームボタンを押し、いそいそとタイトルを打ち込んでいると何故か画面が真っ暗になった。
はっ?、と思わず声を上げる。だってここにはホモ小説が。メモ帳にはバックアップ取ってない書きかけのホモ小説が。
めちゃめちゃに焦った。カチカチカチッと動揺しながらホームボタンを連打すると、画面には『充電してください』のメッセージ。
なんだよ愛してるから焦らせないでくれ、瞬間的に死を選びそうになったわ。あの量のホモ小説書き直せって言われたらメンタルバキバキだわ。
スマホ亡失の恐怖にカタカタと震えていた手を抑えて深呼吸をする。スマホが危機を脱したのなら、目の前の問題に取り組まなくてはならない。この永遠の伴侶にしたいど性癖ホモ本の受け攻めがどっちなのか、早急に調べなくてはならない。
まず、家に帰るまでに十分。充電器はカバンの中にあるが、残念ながらバッテリーが無い。コンセントに繋ぐしかないのだ。
迂闊だぞこの腐女子。すいません今度から持ち歩きます。
コンセントに繋いで、さっと調べよう。すぐ帰ってこれるしスマホは家に放置。すぐに家を出て、この本をゲットする。
オーケーわかったよハニー。ここで私の帰りを待っていてくれ。間違っても私以外のアバズレに買われるんじゃないぞ。
そう長くもないタイトルを暗記して、どちゃシコ本を棚に戻す。くるりと踵を返して目指す先は我が家だ。
全速力で道路を駆け抜け、滑り込むように帰宅し流れるように充電を開始する。振動したスマホは数十秒後に元気よく画面を白く光らせた。
頼む、黒髪攻めであれ。若干震える指先でタイトルを打ち込み、検索。作者さんのツイー○がヒットした。
あなたは私の神となるのか地雷源となるのか──神であれよ──はい、神確です。愛してるフォロー失礼します。
身悶えしながらスマホを置き、再び本屋を目指す。少しでも時間を短縮するため、私はいつも通勤用に使っている自転車に跨った。
逸る気持ちを押さえながらペダルを勢いよく踏み、車道に出て曲がり角でハンドルを回して──今。
「なんでやぁ…?」
雑草の青臭い香りか鼻腔を擽る。
さわー、なんて平和な効果音がつきそうなほど柔らかな風が、ただでさえ纏まらない思考を霧散させた。
更新はゆったりとした感じになります。