106話 横山は大丈夫だ
結果的に言えば俊哉は準決勝までには間に合わなかった。
ただし完璧にという事であり、少しづつではあるが前へは進んでいる。
また俊哉と勝負をしてくれる選手は秀樹や鈴木、長尾以外にも廉や小森など下級生も積極的に参加してくれた。
ギィィン……。
「お?」
「内野後方まで飛んだな」
準決勝前日に放った俊哉の打球はフラフラとしたフライではあったが、内野後方へのフライであり飛距離という部分では前に進んでいた。
「トシ。あと打席数4打席で終わりにしよう」
「おー」
マウンドに上がっていた秀樹の提案を呑む俊哉は、大きく息を吐くとバットを構える。
一打席、二打席と終えていく俊哉に他の選手もクギ付けになる。
マネージャーの菫や瑠奈も俊哉の打席を見つめる中での第三打席。
ギィィン……
「あ‥」
俊哉の放った打球は三遊間へのゴロだった。
だがそのゴロは今までのようなボテボテではなく、鋭い打球だ。
「強い打球が出ましたわね」
「見たいね」
驚きの表情を見せながら呟く瑠奈に菫がニコッと笑みを浮かべながら答える。
だが最後の四打席目は内野フライに終わってしまい準決勝前の練習が終わってしまった。
「ありがとうヒデ」
「おう」
「あと皆も」
秀樹にお礼を言い、今日相手をしてくれた他の投手陣にもお礼を言う俊哉。
彼らは俊哉に早く復活してほしい一心で協力を惜しまない。
「俊哉先輩が復活するなら安いもんですよ」
「そうそう チームの調子が良くても俊哉さんが打てないんじゃあ、やっぱり物足りないですし!」
廉と小森の言葉に俊哉は嬉しそうに笑みを見せる。
少しずつだが着実に前に進んでいる俊哉。
だが準決勝の沼津南戦では、俊哉をスタメンに名を連ねることは出来ない。
「でも、あと少しだなトシ」
「だと良いけど……」
竹下の言葉に俊哉は不安を垣間見せながら話す。
そんな彼に後ろから秀樹がコツンと頭を小突く。
「アタッ……!?」
「弱気になんな。大丈夫だ、トシは戻ってくる」
「ヒデ……ありがと」
秀樹の言葉に俊哉が笑顔を見せる。
こうして日にちが過ぎていき、準決勝の日となった。
試合会場は沼津市にある愛鷹球場。
準決勝は日曜日の開催のため、聖陵学院の生徒らは希望者のみだが応援に駆け付けていた。
チアの生徒やブラスバンドの生徒らは来てくれているが、一般生徒らは希望者のみであることと沼津市が試合会場の為か参加人数は少ない。
「やっぱトシちゃんはオーダーに無いか」
スコアボードに映し出されたオーダーを見ながら落胆の言葉を見せるマキ。
また司は由美と一緒に来ておりただ黙ってグラウンドを見つめている。
「司ちゃん」
「あ、マキちゃん」
「……聞いたよ トシちゃんとの事」
「そ、そうです……か」
司と俊哉の出来事をマキが耳にしていた。
そのマキの言葉に司はドキリとするが、あの時の光景が脳裏に蘇り下を向いてしまう。
「大丈夫だよ」
「え?」
「トシちゃんは、帰ってくる」
「マキちゃん」
「司ちゃんは、待っててあげて」
「あ……」
この時、マキの言葉の意味は分からなかったが、司は彼女の言葉を信じてみようかなと感じていた。
「はい……」
「トシちゃん そういうとこスッゴイ不器用だからさ」
「そ、そうなんですか?」
「そうだよぉ 女心が分からないっていうか、鈍感っていうか 野球しか考えてないんだよねぇー」
「ふふっ‥そうですね」
「やっと笑ってくれた」
「え?」
思わず笑ってしまう司を見てニンマリと笑顔を見せるマキ。
「笑顔が一番だよ 司ちゃんは」
「あ、ありがとうございます」
「さぁ野球部を応援しようー!」
「は、はい!」
グラウンドでは両校の選手らが整列をしていた。
沼津南ベンチでは山梨がため息を吐きながら立っていた。
「トシは間に合わねぇか」
「まぁスランプみたいだし 仕方ないよ」
「あのトシがねぇ 不思議なこともあるもんだなぁ」
「確かにね 横山は中学の時から安定した成績を収めていただけに意外だったな」
沼津南でも俊哉の話で盛り上がっている。
特に夏大会で代打サヨナラヒットを打たれた山梨としては俊哉にリベンジをしたかっただけに残念である。
また聖陵のオーダーは
1:青木・中
2:内田・三
3:琢磨・遊
4:明輝弘・一
5:堀・右
6:秀樹・投
7:上原・左
8:竹下・捕
9:山本・二
地区予選からほぼ変わらないオーダーでこの準決勝を挑む。
だが1つだけ、ここまでとは違う事があった。
「さぁ頑張ろう!!」
ベンチから通った声がグラウンドへ向けて響く。
その声の主はベンチの最前列に身を乗り出すようにしながら笑顔で声を出していた。
「いつも通りに行こう!!」
「トシ……」
ベンチから大きな声を出している俊哉にマウンドへと上がる秀樹は思わず笑みを溢す。
前までだったら、きっと俊哉から声が聞こえていなかっただろう。
だが今日の俊哉は今までとは違う。
スタメンになれずとも声を出している彼の姿に他の選手らが影響されないわけがない。
「さぁ行こうぜ!!」
「秀樹さん!初回から飛ばしましょう!!」
鈴木や廉から声が出始めるといつの間にか全員から声が出ていた。
その光景に春瀬監督は絶対的な確信を持つ。
(横山は大丈夫だ この試合‥‥代打で出してみるか)




